読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ほら話とほんとうの話、ほんの十ほど』アラスター・グレイ

スコットランド

Ten Tales Tall & True: Social Realism, Sexual Comedy, Science Fiction And Satire(1993)Alasdair Gray

 スコットランドの作家というと、ウォルター・スコット、ロバート・ルイス・スティーヴンソン、ジェイムス・マシュー・バリー、ジョージ・マクドナルド、ミュリエル・スパークといった名前がすぐ思い浮かびますが、現代の作家であれば、アーヴィン・ウェルシュらと並んで、アラスター・グレイの名が挙がるでしょう。

 彼の名を知らしめたのは、何といってもデビュー作の『ラナーク ―四巻からなる伝記』(一九八一)です。処女長編にもかかわらず、執筆に二十五年以上も費やしたとかで、あらゆる意味で規格外の小説になっています。
 文学的に(あるいは政治的にも)様々な素材が盛り込まれていますが、「伝記」というだけあって、自伝的な要素が大きいといえます。特に一、二巻の主人公ダンカン・ソーは、グレイ自身と経歴が重なる上、巻末にはセルフインタビューも掲載されているので、グレイを理解するには最適ではないでしょうか。
 日本語にして二段組み七百頁の大作ですから躊躇する方もいると思いますが、実験的な割に決して読みにくくはないので、ぜひ挑戦してみてください。読了後は「なぜ、もっと早く読まなかったのか」と後悔すること間違いなしの傑作です。
「訳者あとがき」でも少し触れられていますが、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(一九八五)に似ている箇所もあるので、読み比べてみるのも面白いかも知れません(『ラナーク』はラナークとソーのパートが乖離しすぎている点がやや不満。『世界の終り〜』のような構成の方がよかったかも)。

 さて、『ラナーク』を読めば、グレイは「画家でもあり、カバー画や挿画も自分で描く」「不条理・幻想・SFとリアリズムの融合」「夢(悪夢)のなかにいるような不安定な感覚」「イングランドに搾取されているスコットランドという構図を用いる」「政治的な面もある」といった特徴が見出せるでしょう。
 そして、それらは短編集『ほら話とほんとうの話、ほんの十ほど』(「ほんとう」と「ほんとおほど」と掛けている)にも、ほぼ当て嵌まります(※)。
 分類としては、副題にあるとおり「ソーシャル・リアリズム、セクシャル・コメディ、サイエンス・フィクションサタイア(諷刺)」ってことになります。

 例の如く、以下に気に入った短編の感想を書くことにします。

家路に向かって」Homeward Bound
 体格もルックスもよい三十歳の大学教授。が、実は中身が空っぽの退屈な男でした。
 魅力がないってだけで、元彼女と若い恋人にいじめ抜かれるのが何とも恐ろしい。でも、最後には少し持ち上げてもらって、よい気分になってしまうわけですから、つくづく救いようがない。男って馬鹿な生きものですね。

あなた」You
 二人称小説としては、ミシェル・ビュトールの『心変わり』や倉橋由美子の『暗い旅』などが有名ですが、この短編の場合、原文は主語がすべて省略されているそうです(タイトルや動詞の変化から主語が「あなた」であることは分かる)。にもかかわらず、主語を省略しやすい日本語には「あなた」が残っているのが面白いですね。
 主語をなくすことによって、イングランド人(男)にとって、スコットランド人(女)はその程度の扱い(三日ほどセックスしてポイッと捨ててしまう)ってことを表しているのでしょうか。強烈な皮肉です。

新世界」A New World
 ディストピアと『不思議の国のアリス』的な悪夢。『ラナーク』の世界にも近い。抜け出しても抜け出しても新たな牢獄が待っている絶望感……。

時間旅行」Time Travel
 大きな問題(運動の固有性の証明?)から小さな問題(足の指に貼りついたチューインガムはどこからきたのか)までを解決する植物学者の時間旅行とは何なのかが最後の頁で明らかになります。ナンセンスなSFなのに、ちょっとでもイングランドの悪口を入れなきゃ気が済まないところがおかしいです。

ミスター・ミークル ―エピローグ」Mister Meikle -An Epilogue
『ラナーク』にも登場したミークル氏についての随想。作家グレイを作ったのは、この英語教師、そしてスコットランドの作家たちでした。こういう素敵な夢をみてみたいものです。

※:『ラナーク』には「盗作の索引」が、『哀れなるものたち』には「批評的歴史的な註」が、そして『ほら話とほんとうの話、ほんの十ほど』には「注とお礼と批評家のための材料」というユニークなものがついている。先行作品に敬意を払っているというより、ただの文学オタクって気がする……。

『ほら話とほんとうの話、ほんの十ほど』高橋和久訳、白水社、一九九七