読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『スターシップと俳句』ソムトウ・スチャリトカル

Starship & Haiku(1981)Somtow Sucharitkul(a.k.a. S. P. Somtow)

 ソムトウ・スチャリトカル(S・P・ソムトウというペンネームもあり)は、タイ出身の指揮者・作曲家で、タイ王朝の血を引き、王位継承権も持っているという変わり種。SFやホラー小説を英語で書くのは、生まれてすぐイギリスやアメリカに渡ったためで、逆にタイ語は小説を書けるほど堪能ではないとか。
 ソムトウはファーストネームですが、タイでは近代まで苗字が用いられなかったので、ファーストネームないしニックネームで呼ぶのが普通です。

 SF作家としてはさほど有名ではないソムトウの翻訳が刊行されたのは、『スターシップと俳句』(写真)がタイトル通り日本を舞台にしているからでしょう。
 後述しますが、この作品を出版した意義は、正にその点だけにあるといっても過言ではありません。

 二〇〇一年、千年期大戦が勃発し、地球は壊滅的な打撃を受けます。それから二十年後、ロシアの恒星船で四千年の旅をすることになったイシダ・リョーコは、鯨とコンタクトし、彼の卵を体内に宿します。
 一方、日本人としての終末の美しさにこだわるタカハシは、武士たちにリョーコを攫わせ、自決させようとします。リョーコは、ハワイ出身の日系人であるナカムラ兄弟とともにタカハシを説得し、打ち上げのあるアイシマに向かいますが……。

 ソムトウの描く未来の日本の姿は、案の定ヘンテコです。
 彼自身、日本に二年間住んでいたそうなので、物語を追うどころじゃなくなるほど出鱈目というわけではありませんが、だからこそ悪意というか、鬱屈したものが感じられます。
 アジアで植民地にならなかったのは日本とタイのみですし、日泰関係は概ね良好と僕は考えていましたが、ソムトウの描く誇張された日本の姿に触れると、ムムムと唸らずにはいられません。巻末の著者インタビューを読むと、タイ人にとって日本は侵略国家以外の何ものでもないとのことですが……。

『スターシップと俳句』は、日本民族自死についての物語です。
 何しろ登場人物が個人・集団を問わず、やたらめったら自決します(茶碗をもらえなかった程度で自殺しちゃう)。究極的には、滅びゆく地球を救うでも、宇宙へ逃げ出すでもなく、民族としての死を選びます。
 ですから、鯨食という罪を背負った上に鯨の子を宿し、なおかつ遠い星へ逃げようとするリョーコは、途轍もない犯罪者ということになります。
 しかし、タカハシは彼女を殺すのではなく、飽くまで自殺を促すのです。

 日本人の僕からすると全く理解できませんが、読者として想定したのは欧米の人でしょうから、彼らは、自決に取り憑かれるのは神秘的な日本の文化(武士道や死生観)と解釈するのかも知れません。
 例えば、ナイジェリア人は日本人よりタンザニアのことに詳しく、ベネズエラ人は日本人よりボリビアのことに詳しいと、ついつい思い込んでしまいます(実際は、どうなのか知らない)。それと同じように、欧米の人が「タイ人は、同じアジアの日本について、少なくとも俺たちより詳しい」と勘違いするのも無理はないという気がします。
 要するに、こんなグロテスクな日本は、日本人には絶対に描けないし、アメリカ人が描いたら嘘臭くみえる。
 けれど、タイ人が描くと何となく本当っぽいと思われ兼ねないってことです。

 それだけといい切ってしまうのが乱暴すぎるなら、ブラックユーモアとしての読み方もあるといっておきましょうか。
 金閣寺のてっぺんにある飛び板(そこから池にダイブする)、テーマパークのような死国(「しこく」と読む)、不気味な死の舞踊、仮面をつけた黒い武士の集団、そして日本人の歴史が集約された俳句……といった悪ふざけのような奇妙なイメージに全編が彩られており、センスは悪いけれど印象には残ります。
 ただ、惜しむらくは、それらがユーモアに結びついていない。変に真面目にならず、とことん日本人を茶化していれば、カルト的な人気を博していたかも知れませんけれど……。

 最後にひとつ。
 物語の終盤に、松尾芭蕉と、弟子の宝井其角のやり取りのパロディが登場します。其角が「赤とんぼ 羽を取ったら 唐辛子」という句を詠んだところ、芭蕉が、殺生はよくないと諭し「唐辛子 羽をつけたら 赤とんぼ」と返したというエピソードです(※)。
 この話は、乗附春海の『古今各体作詩軌範』(1893)に出てくるのですが、ギリシャノーベル賞詩人イオルゴス・セフェリスや、フランスの哲学者・詩人ポール=ルイ・クーシュー(いずれも俳諧を研究していた)らの著書で言及されたことで有名になってしまったため、今では寧ろ海外から逆輸入された逸話として知られています。
 当然、外国語の文献で俳句を勉強したであろうソムトウだからこそ、こうした珍しいエピソードを拾ったのでしょうね。

※:『古今各体作詩軌範』には、其角「赤蜻蛉羽を切つたら唐辛」、芭蕉「唐辛羽を着けたら赤蜻蛉」と書かれている。

『スターシップと俳句』冬川亘訳、ハヤカワ文庫、一九八四

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