読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『おまえはケダモノだ、ヴィスコヴィッツ』アレッサンドロ・ボッファ

Sei una bestia, Viskovitz(1998)Alessandro Boffa

 アレッサンドロ・ボッファは、モスクワ生まれのイタリア人。ローマで育ち、大学卒業後は世界中を旅しているそうです。
 大学で生物学を専攻した彼は、デビュー作の『おまえはケダモノだ、ヴィスコヴィッツ』で、二十種類の動物についての物語を紡ぎました。
 生物学を学んだだけあって、一般的な動物寓意譚とは一線を画します。

 寓話であれば教訓や比喩が含まれますが、この小説からそういったものを読み取るのは難しい。
 物語は、その動物の生態や特徴、人々が持つイメージを題材に作られており(例えば、カタツムリであれば、雌雄同体、早く動けないといった性質が強調される)、動物として生きることの厳しさ、不条理さを説いている点がとてもユニークです。
「俺がもし××だったら、こんな感じに生きるだろうな」を文学にしたようにもみえます。

 だからなのか、主人公はすべての章でヴィスコヴィッツが務めます。彼は、様々な動物に転生(?)しているようですが、面白いのはほかの登場人物も毎回同じこと。
 要するに、美しい女はリューバ、普通の女はラーラ、不細工な女はヤーナ、男友だち(ときには兄弟)三人組はズコティシュ、ペトロヴィチュ、ロペツといった具合に役が振り分けられているのです。まるで、動物劇を得意にする小劇団のようです。

 これらのことから、この小説は一見独創的にみえながら、実はパターンに沿っていることが分かります。ボッファはひとつの形式を作り上げ、そこから外れないように創作したようです。
 また、疑問に対しても、極めて論理的な展開と結末が用意されています。本のタイトルの奇抜さに騙されがちですが、アルベルト・モラヴィアの『眠くて死にそうな勇敢な消防士』や、マルセル・エイメの『おにごっこ物語』よりも理路整然としています。逆にいうと「何でこうなるの!」といった出鱈目さを楽しむことはできません。

 さらに、それぞれの物語は極めて残酷な印象を受けますが、これは作者が意地悪なのではなく、自然の過酷さを表しているのでしょう。感傷に傾くことなく、小さな生きものの生死を描けば、自然とこのような形になると思います。
 こうしたことを考え合わせると、いかにも理系出身者が書いた小説という感じがします。

 にもかかわらず、何となく怪しい雰囲気を作ってしまった要因は、スズキコージのイラストではないかと思います。彼は好きなイラストレーターのひとりですけど、挿絵を描く場合、文章を食ってしまうことがあります。禍々しいイラストが、カバーだけでなく各章の扉にも描かれているため、そのイメージに引きずられてしまい兼ねないのです。
 ちょっと話は逸れますが、見返しの色を表1側と表4側で変えているのは、とてもユニークです(写真)。

 さて、今回はすべての章の感想を書きます(実際は、このほかに僅か一頁の「プロローグ」がつく)。
 邦題と原題がかなり異なっているので併記します。気になった方は、読了後に原題の意味を調べてみると面白いと思います。

きみを夢見て」Come va la vita, Viskovitz?
 一年のうち八か月冬眠するヤマネ。ヴィスコは、最も醜く馬鹿な妻ヤーナと結婚しています。なぜなら、彼にとっては冬眠中にみる夢こそが大切で、その夢をより素晴らしいものにするため、現実は地獄でなければならないからです。
 過酷な現実と夢の世界は、あくびひとつの距離しかありません。そこが楽園なら、誰が誰の夢をみていようと気にする必要はないのです。

情熱のカタツムリ」Non ci pensi mai al sesso, Viskovitz?
 雌雄同体のカタツムリ界のタブーは、単為生殖です。それを許してしまうと、種の存在意義が根底から覆されてしまうからです。
 しかし、移動に時間がかかるため理想の相手を探せないこと、そしてナルシシズムに取り憑かれたヴィスコにとって、解決方法はひとつしかありません。

むさぼる愛」Stai perdendo la testa, Viskovitz
 カマキリは、雌が雄を食うこと、またイタリアでは祈るような姿勢をしていると考えられています。友の祈りも虚しく、ヴィスコは恋人に食べられる快感に勝つことはできませんでした。

愛は疑心暗鬼」Non cercare il pelo nell’uovo, Viskovitz...
 カッコウに托卵されていないか疑心暗鬼になるアトリのヴィスコ。彼は、生まれたのが自分の子なのか悩みます。でも、そもそも……。人間でも、よくありそうな話です。

ボス」Hai le corna, Viskovitz
 戦いをようやく制して、ヘラジカのリーダーになったヴィスコ。喜び勇んで雌の群に向かいますが……。大変なのはボスになることより、ボスになってからですが、ラストのヴィスコの選択が面白い。

黄金虫は金持ちだ」Non è tutto oro quello che luccica, Viskovitz
 スカラベとして育ったヴィスコは、自分がコフキコガネであると分かっても優しくて暖かい「物質」から逃れられません。育ての父の思い出とかいってますが、単に心地がよいだけではないのかしらん。

哀しみのラストダンス」Belle porcherie, Viskovitz!
 ブタほど悪いイメージを持たされた動物はいないかも知れません。そのブタが更に堕落すると、「あれ」になるとは!

迷路を抜けて」Hai fatto strada, Viskovitz
 実験室を抜け出したマウスのヴィスコは、理想の地を求めて彷徨います。そして、辿り着いたのは……。教養小説のパロディみたいな短編です。

愛のオウム返し」E lei che disse Viskovitz?
 鸚鵡返しは単調で凡庸なのでしょうか。それとも、そこからある種の悟りを得られるのでしょうか。

沈黙は金」Meno parli e meglio è, Viskovitz
 イタリアにおける魚のイメージは沈黙だそうです。言葉を交わしても相手に正確に伝わるとは限らない。それなら黙っている方がよい。いや、いっそ最初から伝わらない相手とつき合う方がよいのかも知れません。ちなみに「死んだ魚の目」は、日本では生気のないことのたとえですが、イタリアでは誘惑の眼差しだとか。

さすらいの荒野」Sei da prendere con le pinze, Viskovitz
 サソリに生まれたヴィスコは、反射的に尾の一撃で相手を殺してしまいます。それが恋人であろうと、止めることができません。自死はできないため、誰かに殺されるのを待っていましたが……。殺しの本能を持つサソリにとって、幸せとは一体何なのでしょうか。

野望の帝国」Ti sei fatto un brutto nome, Viskovitz
 アリの皇帝となり、すべてを手に入れたヴィスコは、巨大な彫像の建設を命じます。体が小さく命の短いアリにとって巨像は憧れですが、人間の作る建造物だって尺度を変えれば一瞬で崩れ去る儚いものにすぎません。

アイデンティティーを求めて」Chi ti credi di essere, Viskovitz?
 何にでもなれるカメレオンは、自分を見出すのが困難です。確実と思っていたものをすべて失ったとき、ヴィスコはアイデンティティーを手に入れます。

ヴィスコの刑事物語」Ti sei mezzo il cuore in pace, Viskovitz
 伝説的な麻薬捜査犬だったヴィスコの元を、若い雌の捜査犬が訪ねてきます。亡くした恋人の面影を彼女のなかにみつけたヴィスコは捜査の手助けをします。
 犬ならではの真相が用意されていて、推理小説としても楽しめます。それにしても、やたらと交尾したがるハードボイルドの主人公って……。

虫けらのようなやつ」Come ti sei ridotto, Viskovitz
 寄生虫の恋を描いた僅か二頁のショートショートです。

やさしいサメ」Buon sangue non mente, Viskovitz
 身内だろうと平気で食ってしまうサメ。ヴィスコは、貪欲さのない息子を許せません。息子が一人前になれるなら、親は何をされても構いません。

みつばちヴィスコ」Che brutta cera, Viskovitz!
 美形のミツバチ、ヴィスコは女王の寵愛を受けますが、美をひとり占めしたい女王と決裂し、巣から逃げ出します。そして、醜くなろうと蝋細工師を訪ねると、そこにいたのは絶世の美女でした。美の反対は醜ではなく、平凡です。皆が同じ顔になったら、誰も相手にしてくれません。

水に流して」Bevici sopra, Viskovitz
 移動できない海綿動物のヴィスコ。好きな雌を妊娠させたくても水の流れが反対なので、母や妹を孕ませてしまいます。潮の流れが変わったと思いきや、今度はお互いが性転換して、母や妹の子を孕んでしまうという変な話。

王者の悲哀」Sono cose che fanno inferocire, Viskovitz
 百獣の王ライオンは年老い、今や映画スターとして平和で退屈な日々を送っていました。ある日、ガゼルの娘と出会い、彼女の求める野生の世界へ向かいます。すっかり丸くなっていたライオンですが、誇りを傷つけられ、かつての威厳を取り戻します。といっても、やっぱり呑気に昼寝している方が楽なんですよね。

おまえはケダモノだ、ヴィスコヴィッツ」Sei una bestia, Viskovitz
 単細胞生物からケダモノに進化する過程を描いた壮大な短編。進化に合わせて、VISKOVITZの文字が分裂したり、生殖したりするアイディアが面白い。そして、最後に待っているのは、勿論「あれ」です。

『おまえはケダモノだ、ヴィスコヴィッツ』中山悦子訳、河出書房新社、二〇〇一