読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ロマンス島』手塚治虫


 本日、「手塚治虫文庫全集」の全巻購入特典である『ロマンス島』(※)が届きました。
 一応、箱入りの上製本でしたが、期待が大きかった分、やや安っぽい作りに拍子抜けしました(写真)。サイズはB6判で、漫画部分は百一頁。巻末には文庫全集と同じく手塚プロダクションの森晴路の解説がついています。

『ロマンス島』は一九四六年頃に描かれた作品で、薄墨を使用していたため製版できなかった幻の単行本デビュー作だそうです。『新寶島』など初期の作品と同様、一頁三コマのスピーディな冒険漫画です(「AチャンBチャン探検記」に少し似てるか?)。
 まずは、いつもより詳しくあらすじを書いてみます。

〈原稿紛失のため、雪山に少年ふたりがいるシーンから始まる。なお、途中も、たびたび空白部分あり〉
 オオカミに追われ、穴に落ちるケイちゃんとオーちゃん。落ちた先は巨大なクマの背中でした。そのままクマに乗って移動し、山小屋に辿り着きます。
 山小屋にはブガボガ博士とブイブイがいて、何やら怪しい計画を立てています。そこへ、王子リリーンがやってきます。王子は、難病のパピリオ姫を治す薬を探しているのです。
 博士らにだまされて、雪山から突き落とされた王子を、ケイちゃんとオーちゃんが助けてあげます。三人は、雪で飛行機を作ると、博士らを追って翅の島(虫の国)へ向かいます。
 ところが、途中で雪の飛行機が溶け、ケイちゃん、オーちゃんと王子は離れ離れになってしまいます。海に落ちたケイちゃんたちは、カメ、タコ、イカ、アンコウらと戦い、沈没船のなかでパピリオ姫と出会います。姫は病気ではなく、一時的に博士に毒を飲まされていただけでした(王子を国から引き離すのが目的)。
 空飛ぶ姫(王子や姫は、背中に翅が生えていて空を飛べる)にしがみつき、ふたりは翅の島に入ります(薬を飲んで体を小さくする)。
 城に戻ってみると、王子や城の人たちは赤翅団(博士が首領)に誘拐されていました。姫も彼らに捉えられ、ケイちゃんたちは敵のアジトに向かいます。途中、王子を助け、敵をやっつけて、ハッピーエンド。
 王子や姫は、どうやら虫だったようです。

 手塚は、アイディアマンとして語られることが多いのですが、僕にとって最大の魅力は、絵にあります。幼年漫画から大人漫画まで、様々なタッチ、実験的な構図やコマ割を駆使し、生み出された大量の作品。そのどれもが美しいなんて漫画家は、この先、絶対に現れないでしょう(特に一九五〇〜六〇年代初めの絵が大好きだが)。
 ただ、赤本時代の作品は、正直、どうとらえてよいか悩むところでした。というのも、描き版では線が死んでしまうし、かといって、後年のトレース版では執筆当時の勢いが伝わらないからです。原稿が残っていれば、製版し直すのが一番よいのですが、紛失したものも多いと聞きます。
『ロマンス島』は、技術が進歩した後に出版されたことで、原稿を忠実に再現できました。墨の部分は『勝利の日まで』などとは比べものにならないくらい美しい。当時、下手に出版されず、却って幸運だったと思います。

 一方、これまで日の目をみなかったことで、漫画史に与える影響は皆無になってしまいました。また、原稿の紛失も残念でなりません(導入部がないため、ふたりの少年が何者で、何が目的なのか不明。っていうか、作中「ロマンス島」という言葉が一度も出てこないので、何がロマンスだかさっぱり分からない)。
 絵の質は『オヤヂの宝島』を遥かに凌駕しており、総合的にも『新寶島』に勝るとも劣りません。しかし、『新寶島』が光なら、こちらは正に影の存在。ちょっとした違いが大きく明暗を分けてしまったといえるでしょう。

 以下は、蛇足です。
 書籍や雑誌の購入特典には、懸賞の景品と違って確実に入手できるという利点がありますが、そのために費やす金額や手間は膨大になりがちです。『ロマンス島』は、そのなかでも入手が厄介な部類に入るでしょう。
 全集(全二百巻)のため、長い時間(刊行から全四期完結までが二年八か月、本が送られてきたのは、それからさらに八か月後)と、少なくないお金(総額十八万九千八百十四円)が必要となります。それは仕様がないとして、辛かったのはやたらと手間がかかることでした。

 例えば、「藤子・F・不二雄大全集」の場合、ネットで申し込むだけで、本も特典も勝手に送られてきましたが、これはそう簡単にはいきません。
 まず、本そのものが、途中から近所の書店では入荷しなくなってしまったので、会社の近くで購入しなければなりませんでした。僕は、重い荷物を持ち歩くのが嫌いなので、これが結構しんどかった。
 特典の応募方法も煩雑でした。各巻のカバーについている応募券をシートに貼って一期ごとに応募すると、複製原画が送られてくる。さらに複製原画についてくる応募券四枚を送り直すという面倒臭さ(計五回も送る。心配だったので、簡易書留にしたけど)。
 おまけに、カバーを切り取ることに抵抗がある人にとっては、まさに身を切るような作業だったでしょう。

 さらにいうと、複製原画の締切があるため、途中から購入し始めたって間に合いません。
 手塚治虫の豪華本は、複製原画が特典になることが多いのですが、正直、僕は、これに全く興味がありません。同じように複製原画はいらないけど、『ロマンス島』は欲しいという人もいるでしょうから、全巻刊行後に二百冊分の応募券を送れば『ロマンス島』だけもらえるという仕組みにすればよかったのに、と思いました。
 これなら、途中から集め始めた人も『ロマンス島』を手に入れられたんですけどね……。

 また、『ロマンス島』という豪華な餌があるにもかかわらず、余り話題にならなかったのは、「文庫全集」の内容が「漫画全集」と余り変わらなかったせいではないでしょうか。未収録作品は多少減ったものの、まだまだ満足できるようなラインナップではありません。これがマニアの財布を固くしたのは間違いないでしょう。
 全集DVD-ROM版の『オヤヂの宝島』同様、『ロマンス島』も少し待てば、別の形で復刻される筈という胸算用もあったかも知れません。

 尤も、手塚の死後、あちこちの出版社から、雑誌掲載版や改変前のバージョン等が、それこそ堰を切ったように発行されています。そのため今回は、完璧な全集を目指すというより、漫画全集の文庫化という意味合いが強かったのではないでしょうか。
 定番として末永く販売するためには、最適な選択だったと思います。

 ちなみに僕は、幼少の頃から手塚漫画を読んでいますし、功績や影響力は認めますが、個人的にはさほど思い入れがありません。好きか嫌いか問われたら「どちらかといえば好きな方」と答えるでしょう。単行本は、それなりに持っていますが、バージョン違いを集めるほど熱心ではない。
 そんな僕にとって、文庫全集はサイズもコンパクトで、価格も手頃。判型も装丁も揃っているから綺麗に並べられ、いつでも読み返せる。多少の収録漏れも十分許容範囲。古い単行本は、そのほとんどを捨てることで、結果的に本棚の整理にもなった、とよいことづくめでした。

※:「ろまんすとう」と読むのか、「ろまんすじま」と読むのか、ずっと気になっていたけど、ルビは振られてなかった。天国にいる手塚本人じゃないと分からないのかも……。

『ロマンス島』手塚治虫文庫全集全巻購入特典、講談社、二〇一三