読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

ミステリーっぽい短編小説2


 海外のミステリーっぽい短編小説の第二弾です(第一弾はこちら)。
 ミステリーとは縁のなさそうな文豪が書いた短編だけをセレクトしようと思いましたが、今回はエンターテインメントの作家もかなり混じってしまいました。


 蔵書を漁って、短編集を適当に引っ張り出してチェックしたのですが、短編ってほとんど記憶に残っていないので、どんな話だったか思い出すのに、えらく時間がかかります(勿論、全く思い出せないものも多い)。
 そもそも「ミステリーっぽい」なんて単なる主観ですから、本選びの参考になるかどうか分かりませんが……。

 なお、ここでいう「ミステリー」とは「推理小説」という意味ではなく、「魅力的な謎が扱われている。ただし、不条理や幻想系ではなく、謎が合理的に解かれるか、少なくとも読者が答えを探そうとする気になる小説」といった程度とお考えください。
 また、なるべく文庫で読める作品を選びました。


「幽霊花婿」ワシントン・アーヴィング
The Spectre Bridegroom(1819)Washington Irving
 単なる幽霊譚と思いきや、最後には謎がきっちり解かれます。真相を隠す仕掛けが施されているものの、この時代はまだ手法が洗練されていないせいか、「ん?」と思って読み返すことになるかも知れません。
 とはいえ、現代では、それが却って新鮮だったりします。
(『スケッチ・ブック』〈上〉〈下〉岩波文庫

「終わりよければ」エリザベス・ギャスケル
The Sins Of A Father
(1858)Elizabeth Gaskell
 若い夫婦の自宅で、机の引出しに入れておいた紙幣の束が何者かに盗まれます。やがて、信頼していた下僕が逮捕されますが、主人はどういうわけか顔色が冴えません。
 推理小説の形を借りながら、悪に対して毅然として立ち向かう夫人の高潔な精神と、夫に対する愛を描いています。現代の物語であれば、こうしたシンプルな解決は考えにくいのですが、実は最も正しい方法なのかも知れませんね。
(『ギャスケル短篇集』岩波文庫
→『女だけの町 ―クランフォード』エリザベス・ギャスケル

「アンジェリーヌ」エミール・ゾラ
Angeline
(1899)Émile Zola
 美貌の少女アンジェリーヌは、嫉妬した継母に殺され、父によって地下室に埋められたのでしょうか。それとも、自らの心臓にナイフを突き立てたのでしょうか。
 幽霊まで登場するので、過去に陰惨な事件が起こったのかと思いきや、真相は意外なものでした。
(『水車小屋攻撃』岩波文庫

「ミセス・バサースト」ラドヤード・キプリング
Mrs. Bathurst(1904)Rudyard Kipling
 ここで取り上げるのを躊躇ったほど有名な短編です。ヴィカリーは、なぜ失踪したのか。生きているのか死んでいるのか。彼は妻を殺したのか。どうして毎晩、ニュース映画をみにいったのか……など、沢山の謎で彩られています。
 いや、そもそも、それらは謎といえるのでしょうか。何度読み返しても、真実がみえません。
(『キプリング短篇集』岩波文庫
→『ジャングル・ブック』『続ジャングル・ブックラドヤード・キプリング

「レイモンドの謎」F・スコット・フィッツジェラルド
The Mystery of the Raymond Mortgage(1909)Francis Scott Fitzgerald
 フィッツジェラルドの処女作で、十三歳のときに中学校の校内誌に発表されたもの。事件が起こり、探偵が現れ、謎を解くという純粋な推理小説です。
 殺人事件の謎が解け物語の幕が引かれてからしばらくして、とんでもないことに気づきます。「そういえば、原題(レイモンドの消えた抵当証券)の謎は全く解かれていないぞ!」と。詳しくは語られませんが、殺人がそれを誤魔化すために行なわれたとしたら……。フィッツジェラルドは、ミステリー作家としても成功していたかも知れません。
(『ベンジャミン・バトン ―数奇な人生』角川文庫)

「みにくい巡査の恋物語P・G・ウッドハウス
The Romance of an Ugly Policeman(1915)Pelham Grenville Wodehouse
 書店にいくと、ウッドハウスの本はなぜか「海外ミステリー」のコーナーに置かれていることが多く、いつも首を傾げてしまいます。かつて短編が「新青年」や「宝石」に掲載されていたせいでしょうか、あるいはジーヴスが名探偵(もしくは大怪盗)並みの頭脳を有しているせいでしょうか(※)。
 それはともかくとして、この短編は恋愛小説としてはめでたしめでたしですが、真相は放置してしまってよいのかしらん。真犯人は明らかなのに……。
(『ウッドハウス短編集』富士書店)
→『ゴルフ人生』『ゴルきちの心情』『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』P・G・ウッドハウス
→『ヒヨコ天国』P・G・ウッドハウス

「ジョコンダの微笑」オルダス・ハクスリー
The Gioconda Smile(1921)Aldous Huxley
 病弱の妻が亡くなり、愛人と再婚したハットン氏。ところが、彼は妻殺しの罪で、死刑を宣告されてしまいます。
 真犯人は、ある目的からハットン氏の妻を殺害したものの、その目的が達せられないと分かるや、方向転換をしてハットン氏を罠にかけました。ハットン氏にとっては偶然が積み重なった形になりましたが、読者はハクスリーの周到な伏線に舌を巻くことでしょう。なお、ジョコンダとはモナ・リザのモデルになった夫人のことです。
(『ハックスレー短篇集』新潮文庫

「ローマン・キッド」ポール・ギャリコ
The Roman Kid(1938)Paul Gallico
 古代ローマのブロンズ像が、最近作られた贋作であるとして職を追われそうになる考古学者。彼の娘と恋に落ちたアメリカ人のスポーツライターが、ボクシングの知識を駆使して、その像が本物であることを証明します。
 EQMMにも掲載された本格的な推理小説です。主人公は学のないライターですが、ブロンズ像の特徴(体の傷や筋肉)から真実をみつけ出します。考古学者には真似のできない見事な推理もさることながら、恋愛小説としても爽快な一編です。
(『銀色の白鳥たち』ハヤカワ文庫)
→『セシルの魔法の友だちポール・ギャリコ

「家じゅうが流感にかかった夜」シャーリイ・ジャクスン
The Night We All Had Grippe(1952)Shirley Hardie Jackson
 家族全員が風邪を引いた夜、五人と犬一匹が寝苦しくて寝床をあちこち変えているうち、毛布が一枚行方不明になってしまいます。
 図にしたり箇条書きしたりして最初から読み返しても、この謎は絶対に解けないでしょうね。ふふふふ。
(『野蛮人との生活』ハヤカワ文庫、『こちらへいらっしゃい』早川書房
→『野蛮人との生活』シャーリイ・ジャクスン

「殺人あ・ら・かると」フランソワーズ・サガン
Meurtre à la carte(1966)Françoise Sagan
 心変わりした愛人を殺すか否か悩むアンナの心理を描いた作品です。究極の選択をする女心は、正にミステリーそのものではないでしょうか。
 サガンならではの設定と、結末の読めない展開が結びついて、彼女のファンにとってもミステリー好きにとっても外せない一品に仕上がっています。
(『街中の男 ―フランス・ミステリ傑作選1』ハヤカワ文庫)
→『逃げ道フランソワーズ・サガン

「アリス・ロングのダックスフントミュリエル・スパーク
Alice Long's Dachshunds(1967)Muriel Spark
 アリス・ロングが可愛がっている五匹のダックスフントの散歩を頼まれたメイミー。けれど、散歩から帰ると、犬は四匹に減っていました。
 犬が一匹いなくなったことよりも、翌朝、五匹の犬が使用人に殺されたことよりも、無邪気なメイミーの喜びの方が遥かに恐ろしい……。
(『ポートベロー通り』教養文庫
→『邪魔をしないで』ミュリエル・スパーク
→『ミス・ブロウディの青春』ミュリエル・スパーク

※:ハードカバー版の『エムズワース卿の受難録』に「P・G・ウッドハウスとミステリ 探偵小説とウッドハウス」という解説が掲載されているので、興味のある方はどうぞ。
 なお、『Wodehouse on Crime』という本も出ていて、そこに収録されているのは「ストリキニーネ・イン・ザ・スープ」「ブランディングズ城を襲う無法の嵐」「ユークリッジ口座を開く」「スポーツマン精神」「名探偵マリナー」「ロドニー・スペルヴィンの改心」「刑の代替はこれを認めない」「ある写真屋のロマンス」「アガサ伯母、胸のうちを語る」「想いぞ燃ゆる」「ユークリッジの傷害同盟」「Strange Experience of an Artist's Model」の十二編。しかし、ウッドハウス唯一のミステリーといわれる「エクセルシオー荘の惨劇」(全くウッドハウスらしくない異色作。名前を貸しただけという説もある。エラリー・クイーン編『新 世界傑作推理12選』で読める)は入っていない。
 ちなみに、河出書房新社の『シャーロック・ホームズ全集8 シャーロック・ホームズ最後の挨拶』には、付録として「P・G・ウッドハウスの無署名の小品」と題して、ホームズのパロディが三つ(短篇二編、詩一編)収録されている。ホームズの模倣としては、ほかに『名探偵読本 シャーロック・ホームズ』に収録の「モリアティ教授の正体」や「マリナーの偉大な勝利」(厳密にいうとマリナー氏ものではない)などがある。


ミステリーっぽい短編小説1