読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『蛾』ロザリンド・アッシュ

Moths(1976)Rosalind Ashe

 ロザリンド・アッシュは、ミシェル・ジュリらと同じくサンリオSF文庫限定の作家で、他社からは訳本が出ていません。『蛾』はアイリス・マードックが、『嵐の通夜』はスティーヴン・キングが、それぞれ絶賛したと解説にありますが、その後、目立った作品を著してはいないようです。
 しかも、詳しいプロフィールを公開しない主義らしく、ジャマイカ生まれの(多分)英国人ということくらいしか調べられませんでした(写真が掲載されているので、女性であることは間違いないと思う)。

 また、この本は、本編より、巻末の既刊案内の方が頻繁に語られるという悲しい運命を背負わされたことでも知られています。レイ・ブラッドベリ『万華鏡』の紹介欄に書かれた「川本三郎=誤訳」というとんでもない誤植がそれです(写真)。
 ネタとしては最高なのですが、このせいで中身の印象は完全にかすんでしまいました。インターネットで検索しても、書かれているのはほとんどが誤植のことばかり。
 それでは余りにも気の毒なので、今回は「普通の感想」を書いてみようと思います。
 なお、アッシュは邦訳が二冊しかありませんので、『嵐の通夜』の感想もついでに記載します。

 中年の人妻のネモに恋した大学教授のハリーは、ネモ夫婦が競り落とした屋敷を訪れるうち、奇妙な現象に遭遇します。録音したテープに謎の声が入っていたり、突然、外傷もなく犬が死んでしまったり……。
 やがて、ハリーは前世紀に活躍した女優サラ・ムーアの幽霊を目撃します。
 その後、ハリーはネモと肉体関係を結びますが、その直後、ネモに殺されそうになります。ネモの日記を読むと、彼女は情事の後、相手の男性を何人も殺害していることが分かりました。
 それらは、ネモの妄想なのか。それとも、彼女は狂人なのか。
 あるいは、サラの霊がネモに乗り移ったのでしょうか。

 ネモ(あるいはサラ)は、交尾の後、メスがオスを食ってしまう黒後家蜘蛛(ブラックウィドウ)やカマキリに譬えられます。また、彼女に群がる男どもは「蛾」です。
 ハリーにとってネモはファムファタールなので、悪霊に取り憑かれていようが、精神に異常をきたしていようが関係ありません。「こんな女にだったら殺されてもいい」と感じています。
 勿論、読者である僕もそう思ってしまうので、正直、恐怖はさほど強くありません。

 実際、『ミザリー』のような女性の方が遥かに怖いし、魔性の女に魅かれた男の運命を描いた作品なら『マノン・レスコー』をはじめとして古今東西に名作が沢山あります。
 この小説の最大の魅力は、ネモが貞淑な妻と、淫奔な女優というふたつの顔をみせるのと同様、その女に魅かれたハリーも、狂気と理性の狭間で揺れ動くところにあるでしょう。

 ハリーは、好きな女を庇ったせいで、自分が疑われてしまいます。ネモの日記をみせれば容疑は晴れるものの、当然、そんなことはできません(日記は燃やしてしまう)。それどころか、蛾のように群がる男どもと次々に関係を持つネモに対する嫉妬の炎が、ますます燃え上がってゆきます。
 ハリーにとっては、ネモが殺人鬼だろうと、狂人だろうと構いはしないし、自らも手を下し兼ねないのです。
 作者は女性にもかかわらず、恋に狂った愚かな中年男の心理を見事に描いています。是非善悪の判断を持ち出さないところも好感が持てます。

 一方で、ハリーは理性を完全に失いはしません。ネモの凶行を止め、彼女が罪に問われないよう事件を解決するという難題に、名探偵の如く立ち向かおうとするのです。
 幽霊や超常現象で引っ張る前半と異なり、後半からは謎解きが主体となるため、葛藤しつつ奮闘する彼の言動に引き摺られ、あっという間に読み切ってしまいます。
 ミステリーとしてもサスペンスとしてもサイコホラーとしても楽しめ、何度も書きますが「誤植」のことだけが取り上げられるのは勿体ない出来です。

 ネタバレになるので書きませんけど、結末も美しく鮮烈です。
 ハリーが心より愛したのは、ネモだったのか。それともサラだったのでしょうか……。

 一方、『嵐の通夜』は、純然たるゴシックホラーです。
 恐怖や幻想を求めるのなら、こちらの方が雰囲気があると思います(ただし、怪奇現象は起こらない)。

 舞台はジャマイカ。といっても、ある嵐の夜、英国人の屋敷での十二時間のできごとのみが描かれており、ジャマイカらしいのは使用人が現地のなまりや風習や魔術を持ち出すところくらいでしょうか。
 時間、空間、人物を限定したゴシック小説という意味では、ミュリエル・スパークの『邪魔をしないで』にも似ています(ユーモアはほとんどないが)。

 首なし死体や生首が登場しますが、本当にゾッとするのは読了後です。男女の双子の異常な愛情は、ゆく末を考えるとさらに恐ろしい。
 よく読むと、トムの激情よりも、エリザベスの静かな狂気の方が不気味だったりするのです……。

『蛾』工藤政司訳、サンリオSF文庫、一九七九

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『エバは猫の中ガブリエル・ガルシア=マルケスオクタビオ・パスほか
→『サンディエゴ・ライトフット・スー』トム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『ドロシアの虎』キット・リード
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン