読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『マダムは子供が嫌いとおっしゃる』クレマン・ヴォーテル

Madame ne veut pas d'enfant(1924)Clément Vautel

 僕は、作家単位で読書するタイプなので、個人全集を揃えることはあっても、複数の作家を集めた、いわゆる「文学全集」「ライブラリー」「叢書」の類をコンプリートしたことはほとんどありません(全二十巻以上に限定すると、揃えたのは早川書房の「異色作家短篇集」くらいかも……)。
 その作品が全集でしか手に入らない場合や、未読の作家の代表作をまとめて読んでみたい場合のみ、必要な巻だけを購入します。
 全集のよい点は「キキメ以外は安価」であることと「ボリュームがたっぷり」なことです。
 悪い点は「不揃いだと本棚の見栄えが悪くなる」のと「売るとき、二束三文」な点でしょうか。
 勿論、本好きとしては、揃えるに如くはないのですが、金と本棚のスペースに限りがあるため、やむを得ずバラバラに購入しているというのが本音です。

 小山書店の「世界大衆小説全集」(全十二巻)も、購入したのは4巻、6巻、8巻のみです(写真)。
 この叢書に収録されている作品の多くは、別の本でも読めるのですが、4巻と8巻は、ほかに訳本がなさそうです(11巻収録のヘンリー・ドヴィア・スタックプールの『青い珊瑚礁』も珍しいかな? 僕の世代だと、ブルック・シールズ主演の映画を思い出す人が多いのでは)。
 特にフランスのユーモア小説三編を収めた8巻は、ジョルジュ・クールトリーヌ以外はほとんど知られていない作家ですし、岩波文庫には収録されそうもない作品ばかりなので、恐らく今後もこの本でしか読めないのではないでしょうか(ただし、『マダムは子供が嫌いとおっしゃる』は抄訳)。

 さて、この「読書感想文」では、続編、シリーズ、同じ著者による関連作品などは何冊あっても一回で扱い、逆に一冊にまとまっていても、著者が異なったり、関連がない作品の場合は別に扱うというルールを用いています。
 この本の三作品は、著者がフランス人という以外、特につながりがないため、三回に分け、別々に述べることにします。

 クレマン・ヴォーテルの『マダムは子供が嫌いとおっしゃる』は、ビリー・ワイルダーの脚本で映画化されました〔映画のタイトルは『マダムは子供をお望みでない』。ヴォーテルは、ほかに『モン・パリ』La Revue des revues(1927)の原作も書いている〕。
 この小説は、当時、知らない者がいないほど売れたそうです。

 簡単にいうと、産児制限政策を諷刺しており、生殖否定、性別廃止論者と、「産めよ、殖やせよ」を主張する者との対立が描かれています。フランスでは十七世紀から産児制限が行なわれていたそうなので、一家言を持つ人が多いのかも知れませんね。

 ポール・ル・バロワは、四十歳手前にして身を固める決心をします。彼は、子どもが欲しいのですが、お相手のエリアーヌは子を産む意思がありません。
 それどころか、家事は一切やらず、遊び惚けてばかり。中年のポールは振り回されて疲れ果ててしまいます。
 やがて、ポールは結婚前からつき合いのある年増の愛人ルイーズの元に再び通い始めます。それに気づいたエリアーヌは、ピストルを持ってルイーズ宅へ乗り込みますが、逆にルイーズに説得されてしまいます。「夫婦仲がよくないのは、子どもを産まないせいだ」と……。

 アンチフェミニズムというか、一種のバックラッシュです。
 といっても、単にフェミニストを茶化すのではなく、ゆき過ぎに警鐘を発しているのです。

 エリアーヌは、独身のときは勝手気ままに遊び歩き、自由を謳歌しますが、結婚後も自分が楽しみたいがために子作りを拒否します。
 彼女の父は、オカルトじみた新聞の主催者で、産児制限を強力に訴えますし、母は強い男に魅かれつつ、自分の娘の美貌と快楽のために子作りに猛反対します。しかも、体型が崩れたのは娘を産んだせいだとして、出産を後悔しているのです。

 当時の読者は、彼らの幼稚な理屈に苦笑しつつ、「女性の権利を主張したり、性差別を撲滅することは認めるが、フェミニズムの衣を着た身勝手には我慢できない」と思ったから、この本がベストセラーになったのではないでしょうか。

 尤も、ポールの伯父は、自分が独身主義の癖に、甥には子どもを作れとせっつくのですから、どっちもどっちなわけで……。
 実際、ユーモア小説としての肝は、両陣営とも自分の都合に合わせて主義・主張を巧みに変化させるところにあります。
 例えば、伯父は子どもをどんどん作れといいながら、自ら経営するアパートに子持ちの家族を住まわせるのを断固として拒否します。エリアーヌの両親も、産児反対といいつつ、自分の孫は可愛くて仕様がないのです。
 ほとんどの登場人物は、そうした間の抜けた矛盾を抱え、おまけに根が善人ですから、不快にならず読み進められます。

 男と女の意見の違いは永遠の問題ですし、いつになっても人間は利己的な生きものです。
 それはつまり、この小説は古くならず、いつまでも楽しめることを意味するのではないでしょうか(※)。

※:川島雄三監督の『愛のお荷物』も、これとよく似た物語である。

『マダムは子供が嫌いとおっしゃる』世界大衆小説全集8、山内義雄訳、小山書店、一九五五

→『八時四七分の列車』ジョルジュ・クールトリーヌ
→『でぶの悩み』アンリ・ベロー

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