読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『のんぶらり島』ジャック・プレヴェール

Lettre des îles Baladar(1952)/Contes pour enfants pas sages(1947)Jacques Prévert

 ジャック・プレヴェールといえば、映画『天井桟敷の人々』の脚本、あるいはシャンソン『枯葉』の歌詞で有名です。
 詩や児童文学でも高い評価を得ており、日本でも数多くの書籍が翻訳出版されています。

 プレヴェールはアカデミックな作家ではなく、貧困家庭に育ち、幼い頃から労働に従事した苦労人です。そうした経歴、市井の人々をみつめる優しい眼差し、平易な言葉で書かれていること、笑えるものから感動的なものまで何でもこなせることなどが広く大衆に支持された要因でしょう。

 さて、日本版の『のんぶらり島』は、『のんぶらり島』と『おとなしくない子のための童話』の二編を一冊に収めたものです。
 いずれもナンセンスな童話で、子どもも大人も楽しめるように書かれています。

『Lettre des îles Baladar』(直訳すると「バラダー島からの手紙」)の原書と同じく、エアメールを模した洒落た装幀です。さらに日本版は函入りで、函には名前やメッセージを書くスペースが空いているため、贈りものとしても最適なのですが、何しろ四十年も前の本なので美本の入手は困難かも知れません(写真)。

のんぶらり島』
 世界のどこかに、海の女神がとても大切にしている島々があります。ときどき発見されますが、すぐにみえなくなってしまいます。そこには争いもなく、人間も動物も呑気に暮らしています。
 ある日、大陸からやってきた商人が、島のあちこちで豊富に金が使われていることをみつけると、大陸の財宝将軍が長い橋を掛けて乗り込んできました。
 財宝将軍は、島民を鉱山に送り込み、無理矢理労働させます。働くのが嫌な島の人々は鉱山から逃げ出し、洞窟に隠れてしまいます。そして、猿の掃除屋さんの活躍もあって、将軍は島を出てゆき、橋も壊されます。

 海の桃源郷というべき、のんぶらり島は、幸福に満ちた静かな世界です。
 といっても、天国というわけはありません。人は鮫に食べられるし、椰子の木から落ちて死にます。でも、そんなとき島民は遺された家族を一所懸命助けたり、励ましたりします。

 皆、怠け者ですが、人生とは何かよく分かっています。
 だから、奴隷のように働かされたとき「C'est la vie」などといわず、歌を歌ったのです。幸福になるにはお金なんていらない。空気が少しあればいい、と。
 こんな島はどこにもないからこそ憧れるのでしょうね。

 なお、アンドレ・フランソワのイラストは、日本の漫画みたいにときどき三頭身くらいになるのがとても愉快です。

おとなしくない子のための童話
 こちらは『おりこうでない子どもたちのための8つのおはなし』というタイトルでも翻訳があります。
 何だか最近、動物寓話ばかり取り上げているような気がしますが、そもそも絵本の主人公は動物が多いのでやむを得ません。

 イラストはエルザ・アンリケ。女性らしい可愛いタッチです。

「駝鳥」L'autruche
 親に捨てられた少年。でも、本当に捨てられたのは親の方かも知れません。

「羚羊の生活情景」Scène de la vie des antilopes
 人間に殺されたことを「夕食には帰ってこない」と表現しています。すると、一層寂しさが増します。

「気むずかしい駱駝」Le dromadaire mécontent
 駄洒落落ちです。原文も言葉遊びになってるのかな。

「海の象(大鼻あざらし)」L'éléphant de mer
 確かに、あざらしって暇な王さまみたいです。

「キリンのオペラ」L'opéra des girafes
 死んだように眠る人間と、眠るように死んでいるキリン。わけが分からないけど、素晴らしいイメージ。

「はなれ小島の馬」Cheval dans une ile
 馬が労働の対価を人間に求めるのは当然です。

「檻のライオン」Jeune lion en cage
 食べるのも喋るのも、口は災いの元ですね。

「ロバ創世記」Les premiers ânes
 ロバを馬鹿呼ばわりしたり、殺して肉を食べておいてマズいと文句をいったり、人間とはいかに勝手なものか。それにしても、どうして日本人は、ロバをほとんど飼育してこなかったのでしょう。

『のんぶらり島』麻周堯訳、牧神社、一九七六

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