読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『夜鳥』モーリス・ルヴェル

Les Oiseaux de nuit(1913)Maurice Level

 訳者の田中早苗(女性に非ず)は、モーリス・ルヴェルに惚れ込み、大正時代に「新青年」誌に翻訳を発表し続けました。それをまとめた本が『夜鳥』で、一九二八年に春陽堂から刊行されました。
『夜鳥』というタイトル(※)になっていますが、実際は『Les Portes de l'Enfer』(1910)と『Les Oiseaux de nuit』の二冊を中心にした日本独自編集の短編集です。

 田中訳のルヴェルは『世界大ロマン全集10』に一部再録され、二十一世紀になってから創元推理文庫より復刊されました(春陽堂版に一編加えてある上、小酒井不木甲賀三郎江戸川乱歩夢野久作の随筆つき。写真)。
 ルヴェルの作品は翻訳が少ないので、『夜鳥』と『ルヴェル傑作集』(田中以外の訳を五編収録している)の二冊で、ほぼすべててが揃います。

 ルヴェルは短編に秀でた作家で、フランス版エドガー・アラン・ポーとも、オーギュスト・ヴィリエ・ド・リラダンの『残酷物語』の流れを汲むともいわれます。けれど、それらよりはずっとシンプルな印象を受けます。
 残忍で冷酷でありながら、ねちっこさは感じられず、飽くまで冷静に筆を運んでいるようにみえるのです。蝋燭の灯だけで執筆したとか、蔵のなかで書いたなどというおどろおどろしさはなく、日中、清潔で明るい部屋でものしたというイメージといったら叱られるかしらん。

 田中は「ポオなどに見られない一種の至純な哀惋(ペーソス)がある」「底の方に溢るるばかりのヒューマン・タッチがある」などと書いていますが、寧ろルヴェルはエンターテインメントに徹した作家だったのではないでしょうか。
 無駄を削ぎ落とし、オチの威力を増幅させたショートショートの見本のような作品たち。ある意味、無機質で人工的であり、幻想性や曖昧さは稀薄です。
 決して貶しているわけではなく、幻想小説や恐怖小説を読み慣れていない読者にも取っつきやすく、サクサク読めるのは大きな魅力です。解説にもありましたが、ポーというよりは、星新一に通じる面があるように思いました。

 一方、分かりやすい結末を選択したことで、平凡な通俗作家と看做され、文学者としての寿命が縮まってしまった可能性もあります。
 例えば、「フェリシテ」などは、あんなオチをつけなければ文学史上に残る傑作になっていたかも知れない……。

「フェリシテ」に限らず、ルヴェルの登場人物の行動は極端かつ突飛です。しかし、よく考えると理解できなくもない。自分だったら、そうする勇気はないものの、そうしたくなる気持ちは分かるといいましょうか。
 いや、一歩間違えたら、過ちを犯し兼ねないからこそ、読んでいて恐怖を感じるのかも知れません。

 いつものように気に入った短編のみ感想を述べようと思うのですが、一編一編が短く、オチもついているため、書けることは限られてしまいます(ほとんど何も書けないといってよい)。
 おまけに、色々と調べてみたものの、原題を特定できなかった短編がかなりありました……。本国ではほとんど忘れられている作家らしく、情報が非常に少ないのが困ります。

幻想」Illusion
 たった一時間でいいから金持ちになりたいと願う乞食。その夢は、盲目の乞食に、身分を隠して施しすることで叶えられました。その後、彼のとった行動は悲しいものでしたが、盲目の乞食の科白には救われます。

碧眼」Mes Yeux
 死刑に処された恋人の墓参をする売春婦。病んで貧しい彼女は手向ける花さえ買えず、やむを得ず春を売ります。しかし、その相手は……。読者の思考を一瞬滞らせるラストの会話が効果的です。

麦畑
 鎌で麦を刈りながら、自分の妻が雇い主と浮気していることを確信した使用人。彼が何をするかは誰の目にも明白です。この短編のポイントは、その後、どう処理するかにあります。朴訥な農夫の意外な機転に驚かされること請け合いです。

ふみたば
 女性から一方的に別れを告げられ、溜まった恋文の返却まで求められた作家はある方法で仕返しをします。ルヴェルは復讐譚が好きですが、このやり方はスカッとして、男のプライドも保たれます。あるいは寄りを戻すことも可能かも知れませんね。

」Le Père
 亡くなった母が死の間際に書いた手紙を受け取る息子。そこには、本当の父はほかにいること、その人物は金持ちであることが記されていました。救いのないラストが待っていると思いきや……。ルヴェルは、女に厳しく、「情状酌量」の母親など善人であるにもかかわらず、ひどい目に遭わせます。しかし、男には優しいようです。

二人の母親
 苗字のない子ども。近くにいた母親にわけを尋ねると、意外な事実が明かされます。戦時中、産院が爆撃に遭い、ふたりの母親とひとりの新生児が生き残りました。どちらの子か分からないため、母親はふたりで子どもを育てているのです。珍しくオチがありませんが、変な着地をさせずに正解だったと思います。

蕩児ミロン
 よくない女に溺れ、身を持ち崩し、失踪した画家ミロン。十五年ぶりにパリに戻り、偽名で絵を描いてみると、それは最早伝説となったミロンの名声を失わせるほど素晴らしい出来でした。パンを取るか、名誉を取るか。ミロンの選択は、僕にとっては納得のゆくものでした。

自責
 功名心故に、ある男を死刑に追い込んだ検事。処刑の後、ひょっとすると無罪だったかも知れないと考えるようになります。死刑と冤罪というテーマはいかようにも料理できそうですが、告白の相手が当時の弁護士だってところがミソ。

※:春陽堂版には「夜鳥」の読み方が書いておらず、「新青年」に掲載された小酒井や甲賀の文章中に「よどり」とルビが振ってあるらしい。本当のところは田中にしか分からないのかも。

『夜鳥』田中早苗訳、創元推理文庫、二〇〇三

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