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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『逃げ道』フランソワーズ・サガン

Les Faux-fuyants(1991)Françoise Sagan

 昔からフランソワーズ・サガンが好きでした。「男の癖に……」といわれそうな気がして大きな声は出せなかったので、いわば「隠れサガン信奉者」といったところでしょうか。
 世代が違うため「十八歳で文壇デビューし、ベストセラーになった」「恋多き女性で、男女の愛人がいた」「薬物、アルコール、ギャンブルに溺れた」といった逸話は半ば伝説と化しており、偶像を崇拝するような感覚だったかも知れません。
 本人は勿論、作品にも大いに感銘を受けました。

 実をいうと、先日、何十年かぶりに『悲しみよこんにちは』(一九五四)を新訳で読み返してみました。この小説は、少女の鋭く残酷な感性が売りなので「作者と同じく若いときに読まないと意味がない」とずっと信じていましたが、その認識はとんでもない誤りだということに気づいたのです。
 セシルの父親の年齢に近い僕にとっては、何とも心地よい世界が広がっていました。若きサガンの筆は、鋭利な刃物でも、邪気のない無神経さでもなく、自らの冴えない人生における大いなる後悔と絶望を優しく癒してくれるだったのです。『ある微笑』とともに、中年以降のおっさんに、ぜひお勧めしたい一冊です。
 逆に、容姿の衰えを感じつつある中年の女性には辛いかも知れません。女性にお勧めなのは『ブラームスはお好き』です。当時二十二歳だったサガンが、若いイケメンにチヤホヤされる中年女性を憐憫やおもねり抜きに描いているのは、本当に凄いと思います。

 さて、サガンといえば、瑞々しく危うい恋愛小説というイメージがありますが、晩年の作品である『逃げ道』は全く別の顔をみせてくれます。
「乙に澄ましたラブストーリーなんて、チャンチャラおかしいぜ」とか、「若くしてデビューした女流作家は処女作が命で、以後、劣化の道を辿るのみ」とか思っている人がいたら、ぜひ読んでみてもらいたいと思います。どちらの認識も正しくないことが理解できるでしょう。

 一九四〇年六月、ナチスのフランス侵攻によって、パリを脱出せざるを得なくなった上流階級の男女四人。しかし、その途中、空爆に遭い、運転手が死に、車は故障してしまいます。
 そこを通りかかった青年農夫に助けられ、彼の家へといくことになりましたが、無骨な農民と、労働とは無縁の都会人(パリジャン/パリジェンヌ)の間には、当然ながら衝突やすれ違いが発生します。
 それでも、都会人たちは、のんびりとした田園での生活や労働の喜びに目覚めたり、農民の飾らない性格に魅かれはじめ、一方、農夫たちも彼らに感化されてきて、両者の溝は次第に埋まってゆくのですが……。

 冒頭、典型的なスノッブが登場した時点で「いかにも、サガンらしいな」と思います。けれど、すぐに、彼らの役割がいつもと異なることに気づきます。
 この作品において、洒落た都会人は、道化として扱われているのです。
 あのサガンが「ただ自分で笑ったり、笑わせたりしたかっただけ」と述べているのには驚きますが、その言葉に嘘偽りはなく、存分に笑える作品に仕上がっています。

 笑わせるための仕掛けは色々と用意されています。
 なかでも最大のポイントは、野卑な田舎者と金持ちの都会人のライフスタイルのズレが生み出す滑稽さでしょう。
 フランスの田舎というと、アルフォンス・ドーデの『風車小屋だより』とか、ジャン・ジオノの『丘』(ここでも白痴の恋が描かれる)なんかを思い出してしまいますが、風景描写の素晴らしさでは、それらに引けを取りません。
 ただし、ここでは、美しい自然が、気取り屋にとっての異世界(ある意味、地獄)の役目を果たすのですが……。

 サガンの筆は、実用的なことは何もできず、口ばっかり達者な彼らを、大いに扱き下ろしてゆきます。
「働かざる者食うべからず」の掟に従って、今まで箸より重いものを持ったことがなかったようなアッパークラスの男女が過酷な労働を強いられたり、仕事をサボったせいで食事をもらえなかったり……。おまけに美形のジゴロは、白痴の青年に惚れられてしまうのです。

 これを並の作家がやったって、大して面白くならないでしょう。それどころか、下手をすると、醜い年寄りの嫉妬と思われ兼ねません。
 都会人の洒脱な生活や恋を描くのを得意にするとともに、自らも実践してきたサガンだからこそ、皮肉が生き、ゲラゲラ笑えるのです。
 また、彼らの俗物根性は誇張され、それ故に現実感が薄まり、憎しみに代わって、妙な親近感が湧いてきます。こんな人たちが隣にいたら嫌だけど、虚構のなかでつき合うに吝かではない、といえば理解してもらえるでしょうか。

 一方で、サガンの十八番の恋愛も描かれています(夫も愛人もいる美女と、素朴な農夫の恋、さらには美青年と白痴の同性愛)から、それを目当てに読まれても「ハズレ」にはならないと思います。

 なお、この小説には、もうひとつの大きな長所があります。
 それは、かなりショッキングなオチの存在なのですが、余計なことを書くとネタバレになってしまいますから、「これだけでも読む価値はあるので、お試しください」としておきます。

『逃げ道』河野万里子訳、新潮文庫、二〇〇一