読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『でぶの悩み』アンリ・ベロー

Le Martyre de l'obèse(1922)Henri Béraud

 身体的特徴(デブ、ハゲ、チビ、ブスなど)をあげつらう笑いは、最も低俗といわれます。
「道徳的にけしからん」とか「差別だ」などというわけではなく、幼稚園児にもできる程度の低さと、発展性のなさがその理由ではないでしょうか。

『でぶの悩み』は、太った男が、自分がいかに馬鹿にされてきたか、自虐的なギャグも加えつつ、一人称で語るという内容です。
 ハゲやチビと違って、デブは努力次第で何とかなるため、いくらからかっても良心が咎めないのかも知れないけど、正直、そんなに笑えないし、目新しい仕掛けもありません。
 意図はまるで違えど、フランスにはギ・ド・モーパッサンの『脂肪の塊』(一八八〇)という傑作がありますから、余計に貧しく思えてきます。

 百貫デブの「わたし」は、浮気者の友人の妻アンジェルの逃避行につき合わされてしまいます。「わたし」はアンジェルに好意を持っていますが、彼女の方は人畜無害なおデブちゃんとしかみていません。
 夫の追跡を逃れ、ヨーロッパ中を半年も旅するふたり。アンジェルは夫と別れたものの、「わたし」に気があるかどうか分からず、苦悶の日々を過ごします。
 そして、ついに下着姿のアンジェルに「好きにして」と迫られるのですが、「わたし」は取った行動は意外なものでした……。

 一応、上記のような筋があるものの、冒険小説やサスペンスのようにハラハラするわけでもなく、訪れた土地も地名の羅列程度で、紀行の魅力ともほど遠い。
 例えば、ポール・ギャリコの『ハイラム氏の大冒険』は、ハイラム・ホリディという地味な小太りのおっさんが、ヨーロッパを股に掛け、ナチのスパイや殺し屋相手に大活躍する物語ですが、共通するのは主人公の見た目が冴えないってことだけ。また、ヴォルテールの『カンディード』のようなスケールもありません。

 では、一体、どんな長所があるのかというと、「わたし」の饒舌な語り口に尽きるでしょう。
 といっても、ほら話の系譜に連なるのではなく、いわゆる「ゴーロワ精神(esprit gaulois、ガリア気質ともいう)」ってやつですね。

「ゴーロワ精神」とは、陽気で、エロチックで、恥ずべき欠点も包み隠さず喋っちゃうみたいな感じ。いわれてみると「わたし」の語りは、正にそれです。
「江戸っ子気質」の文学といえば『坊つちやん』を思い浮かべますが、そのガリア人版と思っていただければよいでしょうか。
 勿論、『でぶの悩み』は質が大分落ちるし、ユーモア小説としても現代の日本人を満足させるレベルにはありません。けれど、語りに魅力があるという点では共通しています。
 なかなか本題に入らず、無意味なお喋りが延々と続くのも、その無駄自体を楽しもうってことなんでしょう。

 尤も、そういうことであれば、フランソワ・ラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』や、ドニ・ディドロの『運命論者ジャックとその主人』の方が圧倒的に面白いわけですが……。
 ただし、作者のアンリ・ベローは、ラブレーを下劣と考えていたのか、作中に「ラブレー的な下品な機知に富み……」などと書かれています。
 ベローは舌鋒鋭いジャーナリストで、反ユダヤ主義を公言したため、ヴィシー政権の信奉者とされ、一度は死刑判決も受けたほどの強者だそうですから、本気で「俺の方がラブレーなんぞより上だ」と思っていたのかも知れませんけど……うーん。

『でぶの悩み』世界大衆小説全集8、村上菊一郎訳、小山書店、一九五五

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