読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『牡猫ムルの人生観』E・T・A・ホフマン

Lebens-Ansichten des Katers Murr nebst fragmentarischer Biographie des Kapellmeisters Johannes Kreisler in zufälligen Makulaturblättern(1819, 1821)Ernst Theodor Amadeus Hoffmann

 エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマンは、ペンネームにモーツァルトと同じ「アマデウス」と入っていることから分かるとおり、音楽家として成功することを強く望んでいました(あるいは画家になろうかと悩んでいた)。
 しかし、思うようにはいかず、彼の名を有名にしたのは小説でした。それをきっかけに、音楽家や画家としても、ある程度知られるようになります(ただし、本職は裁判官)。

 そんな彼にとって文学は大して重要ではありませんでした。そのため、驚くべき速筆で、先の展開も考えず、推敲もしなかったそうです。
 一方、作曲には力を入れており、完成度を気にする余り上演ギリギリまで仕上げなかったらしい。
 にもかかわらず、今日では文学者として名を残しているわけですから、面白いものですね(深く考えず筆の勢いに任せたのが、却って魅力になったという説もある)。

 作家としてのホフマンは、エドガー・アラン・ポーにも影響を与えたといわれる幻想的な作風が知られています。
 オペラ『ホフマン物語』の原作となった三つの短編「砂男(Der Sandmann)」「クレスペル顧問官(Rat Krespel)」「大晦日の夜の冒険(Die Abenteuer der Sylvester-Nacht)」や、バレエ『くるみ割り人形』の原作である『くるみ割り人形とねずみの王様』が特に有名です。

 それに対して、『牡猫ムルの人生観』(写真)は、少々毛色が異なります。
 ロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』の流れを汲む諧謔に満ちた実験小説、あるいは教養小説のパロディで、これこそがホフマンの最高傑作であり、文学史上も重要な作品であると思います。

 しかし、この(よい意味で)とんでもない作品が、日本で余り読まれていないのは、ひょっとすると夏目漱石の『吾輩は猫である』のせいかも知れないと勘ぐりたくなってしまいます。
『牡猫ムルの人生観』が誰にでも読める状態にあると、日本において最も人口に膾炙している名作の影が薄くなる。それどころか、剽窃という議論が再燃してしまうかも知れないと考える人がいるため増刷されない……なんてことはないですよね、まさか。

 実をいうと、『吾輩は猫である』が「ホトヽギス」に連載されているときから、両者の類似は指摘されていました。『吾輩は猫である』のなかの「自分では是程の見識家はまたとあるまいと思ふて居たが、先達てカーテル・ムルと云ふ見ず知らずの同族が 突然大気焔を揚げたので、一寸吃驚した」という文章は、それに対する漱石の返答ともいわれています。
 これについては、その後も様々な議論や研究が行なわれています。内容の比較をする者もあれば、漱石が『牡猫ムルの人生観』を読んでいた証を探す者もありますが、結論からいうと今に至るまで確たる証拠はみつかっていません。そのため、「既に読んでいた」「何となく知っていた」「偶然似てしまった」という説に分かれています。

 しかし、『牡猫ムルの人生観』を参考にしたとしても、『吾輩は猫である』が傑作であることには変わりありませんし、この二作は『トリストラム・シャンディ』を親に持つ兄弟みたいなものと考えればよいと思うので、これ以上は触れません(※)。
 そんなことより、僕は『牡猫ムルの人生観』を未読の方に、この作品の魅力を知っていただきたいのです。ホフマンの死によって未完に終わっているとはいえ、読まずに死ぬのは惜しい小説であることは間違いないのですから。
 というわけで、まずは特異な構造から。

 奇術師アブラハム・リスコフに拾われた子猫のムル(祖先はシャルル・ペローの『長靴をはいた猫』)は、アブラハムの蔵書を読み、文章を書くことを覚えます。そして、人生観を認め、本にしますが、近くにあった楽長ヨハネス・クライスラーの伝記を破って吸取紙や下敷に使ってしまったため、誤ってその部分も印刷されてしまいます。
 かくして、ムルの自伝と音楽家の伝記が混じった奇妙な書籍ができあがりました。

 両者の混ざり方は、章単位なんて生やさしいものではありません。印刷ミスっぽくするためか、話の途中で目まぐるしく入れ替わります。
 ムルのパートは、彼の生い立ちが順を追って、欠落なく描かれます。他方、ヨハネスのパートは、主に宮廷での事件がぶつ切りのまま提示されます。しかも、アブラハムからムルを託されるという最後のシーンが一番最初に提示されるのです。
 こうした構成のせいで少々分かりにくくなっていますが、逆にいうと、これに面白さを見出だせないのであれば、この小説を読む意味はありません。

 ムルとヨハネスは最初(最後)に出会うものの、それ以外につながりはなく、強いていうとアブラハムを親に持つ義兄弟のような関係です(今回は、この譬えばっかり)。
 しかし、明らかにムルの方が苦難に満ちた人(猫)生を送ります。書物から知識を得、人間を観察し、妻に浮気をされ、二日酔いを経験し、決闘をし、親友の死に遭遇するなどして、精神的にも肉体的にも成長してゆくのです。
 これは、正に猫版の教養小説といえるでしょう。

 同時に諷刺・寓話としても優れています。
 恋人を親友に譲った美談の裏に隠された三者三様の醜い思惑、浮気がバレそうになった教授の妻が犬に八つ当たりして追い出すといった挿話で、人間の愚かさ、欲深さ、滑稽さが表現されています。
 勿論、ユーモアにも長けているので、笑いながらスラスラ読めると思います。

 一方、ヨハネスの方は、イーレノイス公家の娯楽掛長であるアブラハムの口利きで楽長になり、顧問官の娘ユリアと恋に落ちる。そして、公女ヘドヴィガーと婚約しながらユリアを好きになってしまったヘクトール公子とトラブルになります。ヨハネスは銃で撃たれますが、その後、物語の終わりまで修道院に身を隠してしまいます。
 第三部で、イグナーツ公子とユリアの結婚式が行なわれることが示唆されるものの、それはアブラハムによって妨害されることが冒頭で明かされています。

 さらに、このパートでは、ヨハネスの師であるアブラハムの過去も語られます。彼の場合は、行方不明になったジプシーの少女ヒアラを思い出し、ひたすら嘆いてばかり。
 両者も単なるラブアフェアで、伝記と呼べるほど立派なものではありません。

 ヨハネスには音楽で身を立てようとした若き日のホフマンが、アブラハムには愛猫を亡くした現在のホフマンが投影されているのかも知れません。しかし、よく読むと彼らのなかに、ホフマンの幻想小説の主人公同様の狂気やオブセッションが垣間みられるのです。
 ヨハネスは自分が殺したヘクトールの副官の亡霊をみ、アブラハムは姿を消したジプシーの少女と会話をし、さらなる魔法に取り憑かれます。

 第三部は書かれずに終わりましたが、ひょっとするとそこでのヨハネスやアブラハムは、「砂男」のナターナエルやコッペリウスのようになった可能性もあります。
 実際、ホフマンは「砂男」において、幻想的な語りと客観的・批判的な記述を見事に使い分けており、それは『牡猫ムルの人生観』でのヨハネスとムルのパートに綺麗に当て嵌まります。
 一見、読みづらそうな構成も、きちんとした狙いがあることがよく分かります。

 一方で、『牡猫ムルの人生観』では、ホフマンの現実的な面もみられて面白い。
 友人に死亡通知を送るほど可愛がっていた猫のムルが死んでもただでは起きず、しっかりと小説の主人公にして稼いでしまう点がそれです。
 作中、アブラハムは「あいつは、わしの『眼に見えない少女』よりか、もっとわしを金持にすることが出来るだろう、とわしは思う。わしはあいつを檻の中にとじこめよう。沢山の入場料をおしげもなく払う人たちの前で、あいつは芸をしなければならないだろう」なんて語っています。
 この辺は、様々な職業をこなしたホフマンのしたたかさなのでしょうね。

※:『牡猫ムルの人生観』はホフマンの遺作で、『吾輩は猫である』は漱石の処女小説である。

『牡猫ムルの人生観』〈上〉〈下〉、秋山六郎兵衛訳、岩波文庫、一九三五、一九三六