読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『犯罪王カームジン ―あるいは世界一の大ぼら吹き』ジェラルド・カーシュ

Karmesin: the World's Greatest Criminal or Most Outrageous Liar(2003)Gerald Kersh

 中年以降の人であれば、ジェラルド・カーシュといって思い出すのは、朝日ソノラマ文庫海外シリーズ(※1)の『冷凍の美少女』ではないでしょうか。
 いわゆる異色作家のひとりで、一般受けはしないのかなと思っていたら、我が国では二十一世紀になってから短編集がいくつか出版され、再び注目されるようになりました。現在では、角川文庫の『壜の中の手記』(※2)が安価で入手しやすいのですが、僕のお勧めは『犯罪王カームジン』です。

 これは「カームジン」が登場する短編を集めて一冊にしたもので、米国で二〇〇三年に出版されました(※3)。
 カーシュは一九六八年に亡くなっていますから、死後三十五年も経ってからの発行ということになります。ひょっとすると、このとき、日米で同時にブームがやってきていたのでしょうか。
 日本版は装幀が洒落ている上、ボーナスとしてカームジン以外の短編も二編収録されているのでお買い得です(絶対に帯つきを購入すること。黄色と茶色のコントラストがプリンみたいで絶妙!)(※4)。

 カームジンシリーズは、一作目の「カームジンの銀行強盗」が一九三六年、最終作の「カームジンと『ハムレット』の台本」が一九六二年ですから、二十六年に亘って書き続けられたことになります。
 その数、十七作。一編一編はごく短く、空き時間などにサラッと読めます。
 基本のパターンは、語り手の「私(カーシュ)」が、カームジンという太鼓腹、赤ら顔、いがぐり頭の老人の話を聞くというもの(それを後に小説にする)。カームジンは大犯罪者なのか大ぼら吹きなのか定かではなく(多分、後者)、いわゆる「ほら話」の系譜に連なるでしょうか。

 ほら話といっても、イタロ・カルヴィーノの『レ・コスミコミケ』や『柔かい月』に登場するQfwfq氏のように荒唐無稽なものではなく、秀逸なトリックの犯罪譚で、一々感心させられてしまいます(立場は真逆だが、岡本綺堂の『半七捕物帳』とも共通する点がある)。シリーズものの短編って玉石混淆が普通で、当たりが二割もあればいい方なのですが、カームジンにハズレはひとつもないところが凄い。

 アイディアもさることながら、カームジン自身が実にチャーミングかつ鷹揚とした爺さんってことが、このシリーズの最大の魅力かも知れません。世紀の大犯罪を告白しつつ、煙草をねだったり、喫茶店の砂糖をちょろまかしたりといったギャップが憎めないんですね(カームジンは、カーファックスという人物をモデルにしたらしいが、カーファックス自身も「カームジン対カーファックス」という話に登場するところがちょっとややこしい)。
 また、カーシュは、ゾッとするようなホラー系の短編も多いのですが、これはほのぼのとしていて本当に楽しい。数編読めばたちまち好きになってしまうと思います。

 以下、僕が好きな短編をいくつか紹介してみます。

「カームジンの銀行強盗」(一九三六)
 単純ですが、有効なトリックです(カーファクスが実際に試した方法だとか)。完全犯罪に成功した後、ひどい目に遭わされるカームジンが可愛い。

「カームジンの宝石泥棒」(一九三九)
 欲の皮が突っ張っている者ほど、詐欺に引っ掛かりやすい。カームジンは宝石を盗み出すことより、その後の騒動を楽しんだようです。勿論、読者も同様ですとも。

「カームジンとあの世を信じない男」(一九三九)
 不気味な幽霊譚……と思いきや、幽霊と組んで金儲けを企むカームジンの強かさに驚かされます。結局、失敗しちゃうんですけどね。なお、この幽霊は「カームジンと透明人間」にも再登場します。

「カームジンの殺人計画」(一九四四)
 人殺しには手を出さないのがポリシーのカームジンが、唯一、実行しようとした殺人。間抜けなミスのせいで成功には至らないのですが、天は悪事をきちんとみていてくれました。

「カームジンと豪華なローブ」(一九四六)
 この短い枚数のなかにトリック、伏線、ギャグが、ほどよく含まれています。「カームジンの殺人計画」と同様、正義感の強いカームジンが格好いい。

「カームジンの出版業」(一九五六)
 珍しく激昂するカームジン。貧乏作家だったカーシュの憤懣がひしひしと伝わってきます。僕にも、その気持ちが痛いほど分かって困ります……。

「カームジンと『ハムレット』の台本」(一九六二)
 一九六〇年代に書かれた最後の三編は比較的長く、複雑な事件を扱っています。なかでもこの短編は本格的な暗号が登場するので、真面目な(?)ミステリーファンでも十分楽しめるでしょう。

※1:このシリーズ刊行時は、SFにほとんど興味をなくしていたし、装幀がかっこよくなかったため、個人的には全く心魅かれなかった。

※2:エドガー・アラン・ポーにも「壜のなかの手記」という短編があるが、原題は異なる。ポーのは「Ms. Found in a Bottle」で、カーシュのは「The Oxoxoco Bottle(a.k.a. The Mystery of the Bottle, The Secret of the Bottle)」である。
 ちなみに『カームジン』日本版には、ポーの模倣作らしき短編「イノシシの幸運日」が収録されている。

※3:人気のあったカームジンものは、当時、タイトルを何度も変え、雑誌に再掲載された。新作と思わせるためにそんなことをしたようだが、これによって、一体何編書かれたのか分からなくなってしまったそう。編者のポール・ダンカンによってようやく全貌がつかめた。

※4:カームジンものは『廃墟の歌声』(晶文社)に四編、『壜の中の手記』(晶文社)に一編収められている。なお、角川文庫版の『壜の中の手記』は一部収録作品が異なり、カームジンものも全て省かれている。


『犯罪王カームジン ―あるいは世界一の大ぼら吹き』駒月雅子訳、角川書店、二〇〇八