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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『SEXは必要か』ジェイムズ・サーバー、E・B・ホワイト

Is Sex Necessary?: or Why You Feel the Way You Do(1929)James Thurber, Elwyn Brooks White

 ジェイムズ・サーバーは、とても好きな作家のひとりですが、困った点は訳本の多くが傑作選だということ。
 傑作選ということは、当然ながら収録作の重複が多くなります。初心者には、安くて、場所をとらず、入手が容易な文庫本をお勧めしますが、かなりの数の短編・エッセイ・イラストがダブるのを覚悟してもらわなければなりません。
 ちなみに僕は、サーバーとフレドリック・ブラウンなら、たとえ一編のためでも購入します! ま、そこまで気合を入れなくても、訳の違いやイラストの有無がありますから、取り敢えず以下の六冊は集めておいて損はありません。

空中ブランコに乗る中年男』講談社文庫
『虹をつかむ男』ハヤカワepi文庫(「異色作家短編集」の文庫化)
『虹をつかむ男』角川文庫(後に創土社より『ジェイムズ・サーバー傑作選1』として再刊)
マクベス殺人事件の謎』角川文庫(後に創土社より『ジェイムズ・サーバー傑作選2』として再刊)
『傍迷惑な人々』光文社古典新訳文庫
『サーバーのイヌ・いぬ・犬』ハヤカワ文庫(犬に関するエッセイ集だが、短編や漫画も収録されている)

『SEXは必要か』も、『性の心理』(角川書店)という異なる邦題の書籍があります。しかも、両者は刊行が一年しか違いません。
 どちらを購入しても構わないかといえば然にあらず、『SEXは必要か』は一九五〇年の再刊からの翻訳で、紹介文や用語解説が追加され、イラストも『性の心理』より多く掲載されています。
 おまけに訳注がとても面白いので、断然お勧めです。訳注は、例えば、こんな感じ……。

「その點、譯者はこの書物が日本の讀者に理解されるかどうかという不安を、再三出版社に申出でたのであるが、出版社は最近の讀者の向上を指摘し、「伊藤整のオドケタ小説がおもしろがられる現状であるから、あなたの不安は單なるトリコシグロウであろう」と主張して譲らなかつた」
「そういうぜいたくな懐疑は女性の自由が確保せられたるアメリカにおいてのみ通用するので、現代日本でかゝる疑問に拘泥して、あたら青春を空費してはならない」
 などなど、おせっかいともいえる過剰な注が笑えます(※1)。

 なお、共著者のエルウィン・ブルックス・ホワイトは、雑誌「ニューヨーカー」でのライター仲間だそうです。彼は『シャーロットのおくりもの』や『スチュアート・リトル』(邦題は『ちびっこスチュアート』『小ねずみスチュアート』『スチュアートの大ぼうけん』などがある)といった児童書が有名です。
 サーバーも、一般的には絵本である『たくさんのお月さま』の方が知られているので、ある意味、本書は「ふたりの著名な児童文学者が書いたセックスの本」という、よい子には説明しづらいものになってしまうわけですが……(※2)。

 尤も、セックスの本といっても官能を刺激する類ではなく、一応は真面目な性科学書です。
 かといって構える必要はありません。「アメリカの男性の性質(女尊男卑の研究)」「愛と情慾とを區別する方法」「女性のタイプについて」「性革命(性の全景のほゞ完全な槪觀)」「花鳥妄想」「子は親になにを敎えるべきか」「閉所恐怖症(もしくは、若い妻の知つておかねばならぬこと)」「男性における冷感症」といったテーマについて、ユーモアたっぷりに語られているからです。
 元々サーバーの作品は小説なのか随筆なのか分かりにくいものが多いので、これも違和感なく楽しめます(個人的には家族ネタが好き。ジェラルド・ダレルコルフ島三部作に通じる部分があると思う)。

 しかも、サーバーお得意の「強い女性と弱い男性」という構図がこの時点(これが処女出版)で、既に現れています(後期のサーバーは「心身ともに頑強な妻に押さえつけられて苦しむ夫」が数多く登場するが、この頃はまだ若かったせいか「女の人は好きなんだけどコンプレックスに悩む男」もいる)。
 実際、僕がサーバーを好むのは正にこの点です。彼の描く男たち(当然、サーバー自身も含む)は、いかにも生きるのに苦労しており、そこが心に染みます。
 僕は、子どもの頃から生きているだけでしんどくて、大人になったら少しは楽になるかと思ったら、豈図らんや年々辛くなるばかり。夢想のなかに逃避するのが唯一の救い……なんていう典型的なダメ人間です。そんな脆弱な心の友がサーバーなのです。
 決して明るいだけのユーモアではなく、重苦しいペシミズムに支配された短編も少なくないのですが、憂鬱なときに数編読むと、不思議と生きる気力が湧いてきます。

 それにしても、サーバーの時代の男も、僕の時代の男も、勿論、今の若い男たちも、女の前で居心地がよかったことなんてあるのでしょうか。
「最近の若い男性は恋人もいないし、欲しくもないそうだ。嘆かわしい」という人がいますが、これって単に口に出すか否かのことではないかという気がします。僕らの世代の男たちだって内心はそう思っていたけど、白い目でみられるのが怖くて黙っていただけで……。

 というわけで、とても面白い本だけど、これを読むと恋愛も結婚もますますうんざりしてくるはずなので、下手に勧めない方がよいかも知れませんね。

 なお、サーバーは子どものとき左目を失明し、残る右目も四十歳代半ばにはほとんどみえなくなっていたそうです。
 V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリーの『脳のなかの幽霊』では、サーバーがシャルル・ボネ・シンドロームという神経疾患に罹っていたのではないかと述べられています(「ジェームズ・サーバーの秘密の生活」)。失った視力の代わりに、様々な幻覚をみるというもので、それがサーバーの想像力を刺激したのでしょうか。
 ただし、サーバーは異常な記憶力の持ち主としても知られているので、別の障害を持っていた可能性もありますが……。

※1:福田恆存は、サーバーの『現代イソップ/名詩に描く』(Fables for Our Time and Famous Poems Illustrated)も翻訳しており、『福田恆存飜譯全集〈第一卷〉』にも収められている。しかし、『SEXは必要か』は共訳のせいか収録されていない。
 ちなみに、万有社の『現代イソップ/名詩に描く』には「現代イソップ」が二十四編しか収められていないが、『福田恆存飜譯全集〈第一巻〉』(一九九二)では四十二年経ってようやく全二十八編が完全収録された(『空中ブランコに乗る中年男』には十六編、『サーバーのイヌ・いぬ・犬』には二編入っている)。なお、「名詩に描く」の方は、万有社、飜譯全集ともに全九編を収録。
 勿論、飜譯全集にはイラストも大きくたっぷりと載っているし、旧訳も見直されているので、ぜひこちらを手に入れて欲しい。

※2:ふたりの短編は、浅倉久志編訳の『ユーモア・スケッチ傑作展1』に揃って収められている。


『SEXは必要か』福田恆存、南春治訳、新潮社、一九五三

→『12人の指名打者
→『現代イソップ/名詩に描くジェイムズ・サーバー
→『ユーモア・スケッチ傑作展〈1〜3〉』『すべてはイブからはじまった