読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ティブル』イブラヒーム・アル・クーニー

التبر(1992)ابراهيم الكوني

 イブラヒーム・アル・クーニー(英語表記だとIbrahim al-Koni、またはIbrahim Kuni)は、サハラ砂漠遊牧民(バダウィー、ベドウィン)であるトゥアレグ族の出身で、アラビア語のほかティフィナグ文字を用いることもあるそうです。
 ベドウィンの作家は非常に珍しく、それを承知しているのかクーニーの作品のほとんどは舞台がサハラ砂漠です。まあ、彼がニューヨークを舞台にした小説を書いたって誰も読みたがらないわけで、得意分野を極めるのは当然といえるでしょう。

 クーニーは、『ティブル』(写真)のほかに翻訳された小説はなさそうですし、僕もほとんど情報を持っていない(クーニーはリビアで新聞記者をした後、ロシアに渡り、その後、ポーランドの大使館に勤めたそう)ので、早速、感想に入りたいと思います。
 まずは、あらすじから。

 族長の息子ウーハイドは、美しい白黒まだらの駱駝を手に入れます。しかし、その駱駝は疥癬にかかり、ウーハイドはそれを治すため旅に出ます。アーシヤールという伝説の草を駱駝に食べさせたり、去勢したりしてようやく病は癒えました。
 やがて、結婚し家庭を持ったウーハイドですが、飢饉に襲われ家族を救うため、やむを得ず駱駝を質に入れてしまいます。そして、その駱駝を取り返すために、ウーハイドは妻子と別れる決断をします。にもかかわらず、僅かな砂金(ティブル)と引き換えに家族を売ったという噂を立てられ、憤ったウーハイドは復讐を実行します。

 物語以前に、まずトゥアレグ族の特異な慣習に驚かされます。
 トゥアレグ族は母系制なので、顔(特に口)をターバンやベールで隠すのは男性です。また、族長の後を継ぐ権利があるのは息子のウーハイドではなく、族長の妹の息子だったりします。そもそもウーハイドは父と暮らしたことすらありません。
 女性は詩作したり、楽器を演奏したりすることができ(ほかのベドウィンではあり得ない)、一方で夜這いの風習が残ってもいます。

 さらに階級が細かく分かれており、それに合った責務と意識を持っているとされています(ウーハイドは貴族で、シャイフ・ムーサはムラビトゥーンという宗教にかかわる階級)。
 勿論、従者や奴隷もいます。

 これらを理解しないとわけが分からなくなりますが、そういうものだと思えば、まるで異世界のファンタジーを読んでいるような気分になれます。
 実際、精霊や神、女魔術師などが身近に存在し、人々の暮らしと密接にかかわってきます。

 恐らく、砂漠という過酷な世界で遊牧民として生きるというのは、生と死の間に立つようなものなのでしょう。旱魃、飢饉、戦争(※)などによって常に死と隣り合わせにある彼らは、現代の日本人からすると正に異世界の民であり、みえている景色はまるで異なります。

 そのことは、人と駱駝の関係をみても分かります。
 日本では動物というと、ペットや家畜、観賞用と考える人が多いと思います。動物好きな人であっても精々が「好きだ」「可愛がる」といった感覚ではないでしょうか。
 ところが、ウーハイドにとって駱駝は親や妻子より大切なものであり、強い絆で結ばれた同胞でもあります。砂漠で生きるためにお互いの存在が不可欠という利己的な理由も少しはあるものの、何より種を超え魂同士が共鳴し合っているのが分かります。

 妻子と駱駝を交換してしまうことには、正直抵抗を覚えます。しかし、妻や子はウーハイドを家につなぎとめる鎖であり、駱駝は心の枷を解き放ってくれる自由の使者だと考えると、彼の選択は強ち間違いともいえません。
 父と仲違いをし、部族を離れ、家族をなくし、命を狙われることになったウーハイドは、広い砂漠で頼れるのは駱駝のみになります。そして、最後には駱駝とともに追っ手に「惨殺」されてしまいます。

 一見、救いのない悲惨な結末に思えます。けれど、それによって、ウーハイドはあらゆるものから自由になれたのですから、本望といえるかも知れません。
 悪魔さえ干からびて死ぬといわれる砂漠は、雑念を払い、精神を浄め、果てしなき虚無を与えてくれる。また、そこは来世の入口でもあるとウーハイドは語っていました。
 現世と死後の世界の境界(バルザフ)に立ったウーハイドの目には、間違いなく天国が写ったことでしょう。

 ……というわけで、温い日本で漫然と生きている僕からすると容易には共感できないことが多いのですが、だからこそクーニーの小説を読んで正解でした。
 活字を通じて、想像したこともなかった世界に少しでも触れられるのが翻訳小説を読む最大の楽しみといっても過言ではないからです。

※:時代背景ははっきりと書かれていないが、イタリア軍との戦闘とあるので、伊土戦争(一九一一年、イタリアとオスマン帝国リビアで戦った)後に入植したイタリアに対する抵抗を指すと思われる。

『ティブル』奴田原睦明訳、国際言語文化振興財団、一九九七

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