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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『リュシエンヌに薔薇を』ローラン・トポール

Four Roses for Lucienne(1967)Roland Topor

 画家としてのローラン・トポールは、画集『マゾヒストたち』(澁澤龍彦編、薔薇十字社)や、映画『ファンタスティック・プラネット』(ルネ・ラルー監督)の原画等で知られています。奇妙で、ブラックな作風は、一度みたらなかなか忘れることができません。

 作家としても、基本的には傾向は同じで、ブラックユーモア(フランス語だとユムールノワール humour noir)に分類される作品を生み出しています。
 最初はあちこちの雑誌に短編を発表し、それが人気だったのか、長編小説も書くようになりました。

 第一長編である『幻の下宿人』は、悪夢のような円環構造と、大便を顔に塗りまくる女といった不気味で笑えるイメージが見事です。知名度も、恐らくこれが最も高いでしょう。

 が、完成度において、それを更に上回るのが『ジョコ、記念日を祝う』です。
 代議士を背中に乗せて運ぶ水道会社の社員というわけの分からない設定も、資本主義における階級の問題がみえ隠れしており、笑いながらも背筋が寒くなります。やがて、七人の代議士に体を乗っ取られたジョコが部屋に引き蘢る辺りは、フランツ・カフカの『変身』を彷彿とさせます(※1)。
 幸い日本では、この二編が一冊にまとめて出版されている(※2)ので、ぜひご一読を。

 一方で、「ブラックユーモアが真価を発揮するのは短編だ」という考え方もあります。
 トポールは、敬愛するピエール・アンリ・カミ同様、短編も非常に上手です。翻訳されている短編集は『リュシエンヌに薔薇を』と『カフェ・パニック』(一九八二)の二冊ですが、ほかに様々なアンソロジーや雑誌に短編が掲載されている点も、カミとよく似ています。

『カフェ・パニック』は、いわば「酔っ払いの与太話集」で、グロテスクで馬鹿馬鹿しくて面白いのですが、パターンが決まっているせいか、些か単調。やはり『リュシエンヌに薔薇を』の方がバラエティに富んでいるし、質も上です(ただし、邦題は少々おかしい。原題の「Four Roses」は「四本の薔薇」などではなく、バーボンの銘柄を指しているのだから、『リュシエンヌにバーボンを』とでもすればよかったのではないか)。
 というわけで、今回は『リュシエンヌに薔薇を』から、お気に入りの短編をいくつか紹介したいと思います。

「スイスにて」En Suisse
 山で遭難し、凍傷にかかった仲間の足を三人で分けて食う男たち。でも、よく考えると、自分の足なんだから山分けせずに、ひとりで食いたいよなあ、っていうお話。

「歴史の謎」Les Enigmes de L'histoire
 たった一行のショートショートです。ちなみに「人間を征服して」は二行、「ときどき、時は……」は三行しかありません。

「ある父親の犠牲」Le Sacrifice d'un Pere
 案外と真面目で泣ける話だけど、やっぱり気持ち悪い……。樽を開けたときの描写が、オチで生きてきます。

「親友」Amis Trés Chers…
 見知らぬ者は自分のことを知っていて、友人たちは自分のことを覚えていないという不気味な状況。尤もらしい理屈がついていますが、友人関係は親子や夫婦より難しいですね。

「クリスマス物語」Conte de Noël
 普通の幻想小説は、例えば、ひとりだけ得体の知れない人物がいたりしますが、トポールの場合、何から何まで意味が分かりません……。

「ことは簡単」Sans Complexe
 これもよく分からないけど、面白い。トポールの小説の場合、このよく分からない部分は追究せず、面白い点だけ受け入れればオッケーって気がします。

「死刑執行」L'exécution
 銃殺の前に死刑囚に目隠しした理由が、これだったとは! っていうか、銃殺隊の全員がやらなくても……。

「静かに! 夢を見ているから」Silence, on Rêve
 自分のみている夢が、他人に共有されてしまう男。すると、「夢のなかで、この商品を宣伝して欲しい」という依頼が数多く舞い込みますが、思いどおりにならず、やがて何が夢なのか分からなくなってしまいます。トポールにしてはまともですが、よくできた短編です。

※1:トポールは、体を乗っ取られるというネタを『カフェ・パニック』の「《満月》の話」で再使用している。何とそちらはひとつの体に四十八人!
 なお、トポールはカフカを意識していたのか、同じく『カフェ・パニック』の「《太首》の話」で、カフカの、さほど有名でもなく、完結もしていない短編「巣穴」に触れている。

※2:二編が収録されているのは早川書房のブラックユーモア選集1『幻の下宿人』のみ。河出文庫版には『幻の下宿人』しか収められていないので注意が必要。


『リュシエンヌに薔薇を』榊原晃三訳、早川書房、一九七二

→『ブラック・ユーモア傑作漫画集ローラン・トポール、ロナルド・サールほか