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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『より大きな希望』イルゼ・アイヒンガー

Die größere Hoffnung(1948)Ilse Aichinger

 イルゼ・アイヒンガーは、短編集『縛られた男』(一九五三)が有名です。長く未訳でしたが、今世紀になってからようやく邦訳が刊行されました。
 同学社の『縛られた男』は、文芸書としては珍しく横組みです(日本語表記のルールも一風変わっているため、やや戸惑う)。薄いし低価格なので、在庫があるうちに購入されることをお勧めします。

 アンナ・カヴァン残雪倉橋由美子などフランツ・カフカの影響を受けた閨秀作家は大勢います。しかし、一九八三年にカフカ賞を受賞したアイヒンガーは『より大きな希望』や『縛られた男』を書いた頃、カフカを読んだことがなかったそうです。
 尤も「縛られた男」や「私が住んでいる場所」などは確かにカフカ的ですが、それ以外は繊細な幻想小説というべき短編が多く、カフカとの共通点は余り見出せません。個人的には、無理に関連づける必要は全くないように思います。
「開封された指令」のように不条理な話かと思いきや、それを逆手にとって見事なオチをつけたものや、「窓芝居」のように何も不思議なことは起こってないのに、この短編集に加わることで効果をあげているものまであり、それらは感性のみならず優れた技巧を備えた作家であることを証明しています。
 久しく活発な活動をしていないようですし、翻訳された作品も多くないのが残念でなりません……。

 さて、今回は処女長編の『より大きな希望』です。
 まずは、あらすじから。

 第二次世界大戦下のウィーン。アーリア人の父とユダヤ人の母を持つエレンは、母親が米国に亡命し父と離婚したため、母方の祖母と暮らしています。
 やがて、エレンはユダヤ人の子どもたちと仲よくなりますが、混血の彼女は、秘密警察に捕まってもひとりだけ釈放されてしまい、彼らから仲間と思われません。その上、祖母までもが収容所に入れられるのを恐れ、エレンを残して自殺してしまいます。
 その後、警察に捕まったり、空襲に遭い地下室で生き埋めになったりし、銃撃されたりといった苦難の後、エレンは自由に向かって飛翔します……。

 一言でいうと、子どもの視点による幻想的な戦争文学となるでしょうか。
 戦争やユダヤ人迫害という暴力が少女の目にはどう映ったか、を描いているわけですが、それを幻想小説の手法、そして各章が独立した短編のような体裁を用いた点は、アイヒンガーの真骨頂といえます。
 何しろ、エレンの「大きな希望」は母のいる米国に亡命することですが、「より大きな希望」は青一色の世界へゆくことなのですから。

 エレンは、神の国へ向かう馬車に乗り、コロンブスダヴィデ王に会うといった夢想を抱いたり、擬人化された「戦争」や「追跡」の声を聞きます。
 例えば、死を覚悟した祖母が無気力になり、エレンにお話をしてあげられなくなると、彼女は自分で自分に物語ります。「おばあさんの所へ何を持ってゆくんだい? 戦争は揶揄うように訊きました。おまえの籠は空っぽじゃないか。わたしはおばあさんの所へ憧れを持ってゆくのよ。すると戦争は不機嫌になりました。憧れは舌を焼くので、食べられないからなのです」

 これらは一種の現実逃避とも読めます。余りに理不尽で、悲しいできごとが続くと、すべてを幻だと思いたくなる気持ちは理解できます。
 しかし、エレンは明らかにアイヒンガーがモデルとなっています(作者とは世代が異なるが)。にもかかわらず、現実から目を背け続ける弱々しい少女の姿などをわざわざ描くでしょうか。

 実際、エレンは次々に容赦ない現実に直面させられます。
 ユダヤ人であることを示す黄色いダビデの星を綺麗だからという理由で服につけてしまい、そのせいで友人の誕生会のためのケーキを買うことができなくなってしまったり、ビザを手に入れた友人に嫉妬して掴み掛かったりするところなどは無邪気な分だけ、状況の過酷さが強調されます。

 つまりは、エレンが空想の世界に逃げているのではなく、現実の方が幻想としかいえない狂った様相を呈しているのです。
 ビザも発行されず、仲間も失い、唯一の肉親もいなくなったエレンが、そこから逃げ出すために最後に取った方法は、読者にとってはある意味、納得のゆくものです。
 けれど、アイヒンガーは、自分とは異なる選択をした彼女を、結局は許さなかったような気がします。(以下、ネタバレ)橋から飛び込んだエレンを木っ端微塵に爆発させるなんて、いくら何でも厳しすぎるではありませんか。

 仮令、狂気の世界だとしても、起こりもしない希望を抱くのは、やはり逃げにほかならない。そんな風にいいたいのかも知れません。

追記:二〇一六年十二月、東宣出版より新訳が刊行されました。

『より大きな希望』矢島昂訳、月刊ペン社、一九八一