読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『二人の女と毒殺事件』アルフレート・デーブリーン

Die beiden Freundinnen und ihr Giftmord(1924)Alfred Döblin

 アルフレート・デーブリーンは、最近になって叙事詩『マナス』や短編集『たんぽぽ殺し』などが刊行されるなど、ちょっとしたブームになっています。しかし、何をおいても読んでおきたいのは、ベルリン版『ユリシーズ』といわれる『ベルリン・アレクサンダー広場』(一九二九)でしょう。
 翻訳は、一九七一年に河出書房から刊行され(早崎守俊訳)、その新装版が二〇一二年に出ました。さらに二〇一七年には、ぷねうま舎(小島基訳)からも新訳が出版されました。

 河出書房版は、新装版とはいえ、訳者が高齢なこともあって旧訳を少し手直しした程度です。そのため、少々古めかしい文章のまま。
 一方、ぷねうま舎版は、訳者が若い頃親しんだ川崎や鶴見の言葉を用いて訳してあるそうです(僕は、河出書房版を読んだので、こちらは未読)。

 そもそも『ベルリン・アレクサンダー広場』は、一九二八年当時のベルリンの下町言葉で書かれており、登場人物たちの豊かな語りが魅力のひとつです。
 そのため、訳文がしっくりこないと折角の名作も心に染みず、長い旅路が苦痛になってしまい兼ねません(特に主人公のフランツ・ビーバーコフが腕をなくすまでが、やや単調なので)。これから買われる方は書店で比較して、自分に合った方を選ばれるとよいでしょう。
『ベルリン・アレクサンダー広場』はドイツ文学を語るには外せない重要な作品であり、ロベルト・ムージルの『特性のない男』を読むよりは手軽ですから、ぜひ挑戦してみてください。

 それに比べると『二人の女と毒殺事件』の文学的価値は高くないかも知れません。しかし、読みやすく面白く、ボリュームも控えめですので、デーブリーン入門編として最適です。

 なお、この小説は、実在の事件を題材にしてます。
 その事件とは、一九二二年、クライン夫人、ネッベ夫人というふたりの妻(小説は変名を用いている)による夫毒殺事件です。彼女たちは同性愛の関係だったことで、人々はこの事件に強い関心を向けました。当時のドイツでは、同性愛は不道徳なものと考えられていたからです。
 ふたりの裁判に大きな影響を与えたのがベルリンで設立された性科学研究所(初代の所長はユダヤ人)です。この研究所が同性愛を擁護したことで、却って世間の反感を呼び、後にナチスによってユダヤ人撲滅が計画される理由のひとつにもなったそうです。
 小説のあらすじは、以下のとおり。

 可愛い尻軽女のエリーは二十一歳のとき、地味な家具職人リンクと結婚します。しかし、すぐにエリーは性的な嫌悪感を抱き、一方、リンクは妻に暴力を振るうようになります。そんなとき出会った三歳年上の人妻マルガレーテとエリーは意気投合します。
 その後、ふたりの女の同性愛、リンクとエリーの別居、復縁、ますます激しくなる暴力などを経て、エリーは遂に砒素によるリンク殺害を実行します。
 ふたりは逮捕され、裁判に掛けられますが、情状酌量され、エリーは懲役四年、マルガレーテは禁錮一年半の判決がいい渡されます(※)。

 事件のあらましは、この程度です。
 複雑な人間関係とも、綿密な計画とも、犯行を誤魔化すための策略とも、異常心理とも無縁です。殺人の原因はドメスティックバイオレンスであることは明らかで、特に謎らしきものも存在しません。
 果たしてデーブリーンは、これを一体どのように調理したのでしょうか。

 一応は、トルーマン・カポーティの『冷血』や、マルグリット・デュラスヴィオルヌの犯罪』などと同じノンフィクションノベルに分類されるでしょうか。
 しかし、デーブリーンは、実際のできごとを客観的に提示するのではなく、ひたすら関係者の内面に迫ってゆきます。普通の小説ならあり得ないくらいの執拗さで、こと細かな描写を延々と続けてゆくのです。

 さらに、巻末には「エリー、リンク、マルガレーテの円グラフによる精神変遷図」(写真)などというものまでついており、三人の心理がどのように移り変わったか一目で分かるようになっています。
 いわば、これは小説の設計図です。
 目まぐるしく変化してゆく人間関係を追うのにも便利ですが、デーブリーンの創作の秘密を垣間みられた気になれ、非常に興味深い。

 それにしても、ここまで手のうちを明かしてしまえるということは、心理の分析に相当自信があると考えてよいのでしょう。
 実をいうと、デーブリーンは作家であるとともに精神科医でもあります。
 つまり、『二人の女と毒殺事件』は、事象の取捨選択も含めて、現実に起こった事件をどこまで深く読み込めるか。さらに、それを読者にどう提示するか、を医学と文学の両面から追い求めた実験作なのです。
 勿論、そこまでしても、他人の人生など到底理解できるものではないとデーブリーンは結んでいますが……。

 さて、文学としてみると、全知全能の語り手が、全登場人物の心理を解説し、言動を批判するタイプの小説は、二十世紀初めの段階でも既に古臭かったはずです。
 しかし、ここまで念入りにやられると、異様な迫力にただただ圧倒されるばかり。当時、「意識の流れ」や「内的独白」とは違う意味で斬新だったかも知れません。
 作家志望の方は、心理描写の極端に過剰な例として、一度目を通しておいた方がよいと思います。

 困るのは、この作品を読んだ後、普通の小説を読むと、やたらと底が浅く感じられてしまうこと。
 特に、薄っぺらい犯行動機の推理小説なんかは、しばらく読めなくなることを覚悟してください。

※:『ベルリン・アレクサンダー広場』のビーバーコフは誤って恋人を殺してしまった罪で懲役四年、ビーバーコフの恋人を殺害したラインホルトは懲役十年だった。

『二人の女と毒殺事件』小島基訳、白水社、一九八九