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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『完全犯罪売ります』ユベール・モンテイエ

フランス

De quelques crimes parfaits(1969)Hubert Monteilhet

 僕の読書は浅くて狭いので、滅多に手を出さないジャンルが結構あります。例えば、恋愛小説、ポルノグラフィ、ミステリー、ホラーなどは余程のことがない限り読みません。
 別に毛嫌いしているわけではなく、面白さが今ひとつ分からないんですね。で、自然と手が伸びなくなるというわけ。

 にもかかわらず、ユベール・モンテイエをそこそこ読んでいるのはなぜなのかというと、理由は簡単、何となくヘンテコだからです。
 最近はほとんど話題になりませんが、モンテイエは非常にユニークな作家(歴史小説も書く)で、ミステリーファンにも、そうじゃない人にもお勧めできます。

 一般的には、出世作の『かまきり』や、映画『死刑台への招待』の原作である『帰らざる肉体』が有名です。しかし、これらは悪くいうと取り立てて特徴のないサスペンス小説で、偏愛の対象にはなりません。
 僕のお気に入りは、もっと変な小説です。『悪魔の舗道』『完全犯罪売ります』『殺しは時間をかけて』(映画『ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚』の原作)辺りがそれに当て嵌まるでしょうか。
 いずれもポケミスで刊行されたものの、文庫にはならなかったことから考えると、一般受けはしなかったみたいですね。モンテイエの文章は、よくいえば文学的装飾を施してある、悪くいうとゴテゴテして読みづらいので、エンタメ小説を主に読まれる方は違和感を覚えるかも知れません。

 スペインを旅行中、ミステリー作家はホテルで、ある家族(年配の夫と美貌の妻、そして二十歳くらいの息子)をみかけます。作家は、バーでその妻と知り合い、彼女に殺人のアイディアを売ります。
 しかし、その後、息子から「自分は義母のかつての愛人で、義母は過去に何人もの夫を殺してきた」と打ち明けられます。そして、次のターゲットは自分の父親だというのです。
 そこで、作家は、今度は夫の方に妻を殺す方法を伝授するのですが……。

 主人公である作家の名前は、最後の一行まで明らかにされませんが、ネタバレというほど大層なものではありませんし、自分の小説が『ナバロンの要塞』の監督によって映画化され、主人公の名はスタンであること(『帰らざる肉体』のこと)を読者に伝えているので、敢えて書いてしまいます。彼は、モンテイエ本人です。
 実をいうと、モンテイエは『殺しは時間をかけて』にも登場します。終盤に本筋とまるで関係のない章が設けられ、そこに現れるのです。

 作者(の分身)が登場人物となる小説は無数にあります。推理小説においては、読者を煙に巻く目的で用いられることが多いようです。
 しかし、『完全犯罪売ります』では、特にトリックとも結びつきませんし、メタフィクショナルな仕掛けとも無縁です。にもかかわらず、この作品は安易に無視してはいけないような気がする。それくらい特異なのです。

 ほとんどの推理小説は、出題者と解答者が同じ人物です。要するに、作者が自分で考えた謎を自分で解き、「どうだ。すげーだろう」とやっているわけです(ある謎に、複数推理小説家が挑戦するみたいなものは除く)。
 勿論、そんなことを読者に意識させたら白けてしまうため、普通は巧みに隠されます。前述したようなメタフィクションの手法を用いたミステリーでさえ、その点が強調されることはまずないでしょう。

 ところが、『完全犯罪売ります』は違います。探偵役の作家は殺人事件のトリックを暴くのみならず、事件そのものを創作してしまう……。
 どういうことかというと、例えば、息子は義母を殺人鬼と疑っており、「過去の夫たちは皆、殺されたみたいだ」とだけ作家に伝えます。すると作家は、殺人はこんな風に行なわれたかも知れないといって、事件のディテールを語り出します。そして、それがほぼ完璧に合致し、息子は大いに驚くというわけ。

 この件を読んだ読者のほとんどが、こう突っ込むでしょう。
「作者なんだから、細部まで分かってるのは当たり前だよ!」
 が、そう叫んだ後、ふと気づきます。普通のミステリーの構造だって、結局はこれと同じであり、名探偵は別に天才ってわけではなく、解答が載っている紙を格好つけて読んでいるだけだということに……。
 とどのつまり、これは一種のアンチミステリーと呼べるのかも知れません。

 モンテイエは、もうひとつ皮肉を用意していて、それは「フィクションの完全犯罪は、現実にも使えるのか」という馬鹿みたいな疑問に対してです。
 主人公の作家が、妻や夫に教える殺人の手口とは、減径管なるものを用いて銃の口径を誤魔化したり、毒きのこを複数配合した粉薬を飲ませるといった荒唐無稽なものばかり……。
 ミステリー作家は犯罪のプロだと無邪気に信じている人に、モンテイエ自身うんざりしていたのではないでしょうか。

 とまあ、一見ミステリーのようで、中身は全然違う、変な小説です。
 中編程度のボリュームですから、気が向いたら読んでみてください。

『完全犯罪売ります』野口雄司訳、ハヤカワ・ミステリ、一九七八