読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『かも猟』ユゴー・クラウス

De Metsiers(1950)Hugo Claus

 ジュリアン・グラックは二十八歳で『アルゴールの城にて』を出版し、ジャン=ルネ・ユグナンは二十四歳で『荒れた海辺』を出版しましたが、ユゴー・クラウスが『かも猟』を出版したのは二十一歳のときでした(執筆したのは十九歳のとき)。
 それを澁澤龍彦が訳したのが大学生の頃だそうですから、早熟の天才同士の出会いだったんですね。
 ちなみに、原著はフラマン語オランダ語の方言)で、澁澤の翻訳はフランス語から重訳です。そのため、作者名(Hugo)がフランス語式にユゴーとなっています(※1)。また、『かも猟(La chasse aux canards)』というのはフランス語版のタイトルで、原題の『De Metsiers』は「メッツシルス家」という意味になります。

『かも猟』は一九五七年に村山書店から出版され(※2)、長く絶版だったのが一九八七年に王国社より再刊されました(僕が持っているのは、これ)。そして、帯の文句によると、この「あとがき」こそが澁澤の絶筆だそうです。

 一方、クラウスのことは、ほとんど何も知りません。『Het Verdriet van België』が代表作とのことですが、邦訳がなく読む術がないのが残念です(小説以外に詩や絵画、映画まで製作したらしい)。
 なお、クラウスは晩年、アルツハイマー病を患い、安楽死を選択したそうです(ベルギーでは、安楽死が合法化されている)。

 第二次世界大戦後、フランドル地方の農村に、アナとヤニーという異父姉弟、その母親、ペートルという男、使用人の老人が暮らしていました(メッツシルス家)。
 アナの父親は既に亡く、ヤニーは母とペートルの不義によって生まれた子です。アナはスメルデルスという男の子どもを身籠っており、ヤニーは美しい容姿を持つものの知的障害の青年で、ふたりは近親相姦的愛情を宿しています。
 ある日、一家の元へアナと一夜を過ごした米国駐留軍の兵士がやってきて、ともに暮らし始めます。そして、彼らを伴って鴨猟に出かけたとき、悲劇が起こります。

 章ごとに語り手を変え、そのなかには白痴も含まれる、唐突に過去のできごとを挿入する、何が起こったか明確にしないといった技巧を施してありますが、これらは明らかにウィリアム・フォークナーの『響きと怒り』に影響を受けています。クラウスは、コンプソン家のように重層的にメッツシルス家を描き出したかったのでしょう。
 正直、フォークナーには遠く及びませんが、二十歳そこそこの処女作でその域に達していたら化けものですね……。。

 それよりも、この小説の魅力は別のところにあります。
進駐軍の姿がみられる戦後、妻の愛人による前夫殺しや近親相姦によって、村で忌み嫌われている一家に起こる過去の因縁に起因する禍々しい事件」と書くと、横溝正史推理小説みたいですけど、そうした忌まわしさをほとんど意識させないほど清々しいのです。
 また、人妻を寝取ったり、農場主の息子に孕まされたり、酒場の女に性の手ほどきを受けたり、姉と弟が愛し合ったり、米兵と一夜をともにしたりとセックスの匂いがプンプンするものの、まるで作者自身がそうした汚らわしさを嫌うかの如く、表面を撫でながら進んでゆきます。これは作風なのか、若さ故の潔癖さなのかは分かりません。

 そんななか、やはりメインとなるのは、姉と弟の特別な関係です。
 ふたりは肉体関係こそないものの互いに強く惹かれ合っており、いつか村を捨て一緒に暮らすことを夢みています。白痴のヤニーは姉への愛情を隠そうともしませんが、アナの方は少々複雑です。
 彼女は、商売女のように容易く様々な男性と関係を持つのですが、それは一体いかなる意味があるのでしょうか。弟への愛を家族や知人、さらには自分自身に対しても隠そうとしているのか。それを部外者の米兵に指摘され激高したのも図星だからなのか……。

 それよりアナは、閉塞的な家族や村から逃れたかったのかも知れません。母親やペートルには逆らえず、また体目的で近づいてくる男も拒絶できない彼女にとって、心から信頼できるのは弟だけでした。
 ヤニーを救うといいつつ、何より彼に救い出してもらいたかったのだと思います。
 ですから、ヤニーが米兵に撃たれ顔面をぐちゃぐちゃにされた後、悲しみや怒りより先に、自分の堕胎が頭に浮かんだのでしょう。
 希望は潰え、彼女はこれからも、この腐った土地で生き続けてゆかなくてはならないのです。

※1:Hugoは、オランダ語だとヒューホーとなるだろうか。なお、SFのThe Hugo Awardsで有名なHugo Gernsback(ルクセンブルク生まれ)は、日本ではヒューゴーガーンズバックと表記するのが一般的である。

※2:村山書店版は小牧近江との共訳になっているが、これは当時無名の澁澤では出版が実現しないと考えた小牧の配慮によるという。実際、小牧は澁澤の翻訳に片言隻句も手を加えていないそうである。


『かも猟』渋澤龍彦訳、王国社、一九八七