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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『象は世界最大の昆虫である ―ガレッティ先生失言録』ヨハン・ゲオルク・アウグスト・ガレッティ

ドイツ

Das größte Insekt ist der Elefant(1965)Johann Georg August Galletti

 ヨハン・ゲオルク・アウグスト・ガレッティは、十八世紀生まれのドイツの歴史学者で、四十もの著作があるそうです。しかし、今日、それらは完全に忘れ去られ、死後に刊行された失言集でのみ歴史に名を遺しています。
 その失言集ですが、最も古いものは一八三〇年代の手刷り本で、そこから何度も形を変え、出版され続けています(本書の底本は一九六五年の版)。

 邦訳は、一九八〇年に創土社より『ガレッティ先生失言録』のタイトルで刊行されました。これは全訳で、七三二編が収められています。
 その後、白水社より再刊された際、書名の変更と、意味の分かりにくい一部の削除が行なわれました(さらに白水Uブックスでも刊行)。七〇五編になりましたが、ごく薄い本なので割愛せず全て収録して欲しかったですね。

 さて、失言といっても、とぼけた人柄が表れていて思わず笑ってしまうケースと、どす黒い腹の内をみせてしまい冗談で済まされないケースとがありますが、ガレッティ先生の場合、当然、前者です。
 この本は要するに、彼がギムナジウムで教えていたとき、ふと漏らした数々の失言を四十年分集めたわけですが、それは今でいったら長嶋茂雄のエピソードを、彼を知る人が嬉々として語るようなものではないでしょうか。
 つまり、ガレッティ先生が多くの生徒に慕われたからこそ、こういう本が生まれたといえます。

 なお、アルフレッド・ジャリと彼の仲間たちは、高校生の頃、エベールという教師をモデルに『ユビュ王』を書きましたが、あれは先生を小馬鹿にしたもので、ガレッティ先生の生徒たちとは性質が大きく異なります(寧ろ内田百閒に近いか?)。

 受けを狙ったのではおかしさは生まれませんから、ガレッティ先生は大真面目な天然ボケの人物だったと思われます。実際、発言を読むと、?が頭のなかを飛び交い、そのうち感覚がおかしくなってきます。間違っているのはガレッティ先生なのか、人類の叡智の方なのか分からなくなる……。
 勿論、それくらい破壊力があるからこそ、今なお世界中で失言録が読まれているのでしょう。
 ただし、この手の発言は、得てして正確に伝わらないものです。話が盛られたり、他人による完全な創作が加わっていることを承知しつつ楽しむ必要があるかも知れません。

 ちなみに、タイトルは「失言録」ですが、何も「いうべきではないことをうっかり口にしてしまった」だけでなく、思い込み、誤解、わざわざ口にする必要のないほど当たり前なこと、ナンセンスな内容など様々な発言がまとめられています。俗っぽくいうと「語録」となるでしょうか。

 ぐだぐだ説明するより、例を挙げた方が分かりやすいですね。例えば、こんな感じです。

アレキサンダー大王は、その死に先立つこと二十一年前に毒殺された。(東方とギリシャの歴史)

ソフォクレスの作品は大半が散逸してしまって行方知れずになった。残念なことに、そのなかには最上級生の必読図書というべきものが含まれていた。(古典語)

ギリシャの雄弁家デモステネスが純潔について語った演説は最高傑作のひとつである。御承知のとおり、その演説は次のような不滅の言葉で始まっている。つまり−−「だれだ、またしても紙を丸めて投げたのは!」(古典語)

ナポレオンにおいては、なにごとにつけ、すべてが極端である。たとえば、彼の最初の子供は息子であった。フランス史

住人八万人につき、毎年、二人ないし三千人が雷に打たれて死ぬ。地形学

シュールフォルタは山の頂にある。
 生徒「失礼ですが、山のふもとです」
 ガレッティ「堕落したものです。私の幼い頃は山の上にありました」
郷土史

イギリスには阿呆役を演じる人々のための生命保険がある。(イギリスの地理と経済)

地中海の島々は例外なく、シチリア島より大きいか、小さいかのどちらかである。(イタリアの地誌学)

ピクピク動く蛙にカルヴァーニ(ママ。通常はガルヴァーニ)静電流を実証した最初の人は、当然の権利としてカルヴァーニと命名された。天文学と物理学)

何であれ、全体はいつも十二個に分けられる。(数学、幾何学、算術)

ライオンの遠吠えは猛烈なもので、何マイルもはなれた荒野でも、吠えたてた当のライオンの耳に達する。博物学

勝つための方法は二つしかない。勝つか負けるかだ。(経験と省察

 肌が合いそうだなあと思われた方は、本書を試してみてはいかがでしょうか。あるいは、座右の書になるかも知れませんよ。

『象は世界最大の昆虫である ―ガレッティ先生失言録』池内紀訳、白水Uブックス、二〇〇五