読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『女だけの町 ―クランフォード』エリザベス・ギャスケル

Cranford(1853)Elizabeth Cleghorn Gaskell

 今日の日本において、エリザベス・ギャスケルの知名度はさほど高くありません。
『メアリ・バートン』『ルース』『北と南』など主要作品のほとんどが邦訳されているにもかかわらず、シャーロット・ブロンテの友人としてしか認識されていないのではないでしょうか。

 しかし、ギャスケルは、チャールズ・ディケンズに高く評価され、英国の女流作家としては初めて商業的に成功したといわれています。変わったところでは、岩波文庫の『ギャスケル短篇集』に収録されている「婆やの話」The Old Nurse's Storyが、ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』の元ネタとしても知られています。
 ギャスケルは、牧師の妻だけあって、少々説教臭いところはありますが、ストーリーテリングディケンズにも引けを取りません。

『女だけの町』(写真)は、雑誌掲載時は短編で、単行本化する際、長編小説に構成し直されたそうなので、連作短編集としても楽しむことができます。
 クランフォードという町の人間模様を綴っており、派手な事件は起こらないものの、全体のトーンは極めて陽気です。ディケンズというより、ジェイン・オースティンに近い作品といわれていますが、よく読むとまるで違った面がみえてきます(詳しくは後述)。

 クランフォードは、なぜか上流階級に男性が少なく、そのせいか、とても貧しい町です。オールドミスや未亡人が中心となった社交界の様子を、語り手のメアリー・スミスの視点で捉えてゆきます。

 クランフォードの婦人たちは、自分が破産しそうなのに百姓に施しをしたりと善人ばかりですが、いわゆる市井の人々の人情話とは趣を異にします。互いに見栄を張っていることを承知しながら知らん顔するなど貧しさと上手につき合いつつ、階級意識はとても強く、男女関係にも厳しい。
 要するに、名家の末裔の滑稽だけど哀しい貧乏暮らしを描いているわけです。
 実際、孤独な老嬢たちが、パーティに誰を呼ぶとか、あの人とは身分が違うからつき合えないとか、どんなアクセサリーや帽子を身につけるかと悩む姿は、馬鹿馬鹿しいというより哀れを催します。

 クランフォードの女たちは、明らかに過去に生きています。
 例えば、あるオールドミスは、何十年も前に結婚に至らなかった恋人に再会します。しかし、彼はその直後に亡くなってしまいます。すると、彼女は、未亡人がかぶる帽子によく似た帽子を注文し、ひっそりと喪に服すのです。
 ほかにも、家族の古い手紙を整理しながら、インドで行方不明になった弟に思いを馳せたり、自分の選択を悔やんでみたりと、ひたすら後ろ向き。「結婚すると人間ああも信じやすく、だまされやすくなるものですかねえ。もっとも、女が結婚しないでいられないことこそ、生まれながらにだまされやすいという証拠ですわ」と嘯くオールドミスの科白は、単なる強がりにしか聞こえません(その証拠に、仲間が婚約すると、急に陽気になり、おしゃれをし、まるで「ここにも独身の女性がいますよ」とアピールするかの如く振る舞う)。
 つまり、一見、浮世離れした女たちの楽園は、実は亡霊たちが蠢く時の狭間なのです。

 それが強調されるのも、語り手のメアリーが、クランフォードの住民ではなく、そこから二十マイル離れた大商業都市ドランブル(マンチェスターがモデル)で暮している、つまり余所者だからではないでしょうか。彼女は、ときどき知人に招待されたり、困ったときに呼び出されたりして、町の事件にかかわりますが、若さ故か、老嬢たちに過度に感情移入することはありません。
 ここがオースティンとの大きな違いです。

 オースティンの長編は、恋愛小説というより、いかに条件のよい男性を射止めるかに主眼を置いた結婚小説です。打算的ともいえますが、総じて明るく、希望に満ち、ハッピーエンドで幕を閉じます。
 一方、『女だけの町』は、結婚できなかった(しなかった)女たちの後悔と孤独を、若い女性の冷徹な目で観察しています。それによって、呑気で朗らかな女性の背後にある孤独の影を浮かび上がらせる……。
 表面上はのどかなユーモアに包まれている分だけ残酷さが際立ち、胃の奥がずしんと重くなります。オースティンのように万人受けはしないでしょうが、鮮やかな手並みといわざるを得ません。

 もうひとつ、ギャスケルの特徴として、悲しいできごとが多い点があげられます。安易に悲劇を演出しすぎるとディケンズに批判されたそうですけど、それは作家の個性なので、よいとも悪いともいえません。
 父親と姉を、ほぼ同時に別の場所で死なせてしまうなんてのは、確かにちょっとやり過ぎという気もしますが、恐らくは、読者を退屈させまいとするサービス精神のようなものであり、個人的には好感が持てます。
 まあ、これがL・M・モンゴメリだったら、ラストは老嬢に目にみえる幸せを齎したでしょうけどね。

『女だけの町 ―クランフォード』小池滋訳、岩波文庫、一九八六

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