読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『こちらへいらっしゃい』シャーリイ・ジャクスン

Come Along with Me(1968)Shirley Jackson

 シャーリイ・ジャクスンの翻訳は『くじ』を嚆矢として、『山荘綺談』へと続くわけですが、その次が『こちらへいらっしゃい』だったのが何とも不可思議です。
 というのも、この本は、遺作となった未完の小説「こちらへいらっしゃい」、生前単行本に収録されなかった十四の短編、そして創作に関する講演+その際、朗読した短編二本(「家じゅうが流感にかかった夜」と「くじ」の再録)という特殊な仕様になっているからです。

 ちなみに『こちらへいらっしゃい』は、「世界の短篇」というシリーズの一冊で、すべて帯に「フィーリング小説集」という意味不明な文句が書かれています(写真)。とはいえ、ほかに刊行されたのは以下の四冊のみです。

  『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニイ
  『黒い天使たち』ブルース・ジェイ・フリードマン
  『リュシエンヌに薔薇をローラン・トポール(※)
  『トマト・ケイン』ナイジェル・ニール

 なお、ジョン・コリアの『幻想とバラード』は予告のみで、刊行はされませんでした。

『こちらへいらっしゃい』は「世界の短篇」のなかでもボリュームたっぷりで、価格は千二百円でした。ほかの書籍が六百八十円〜八百五十円だったことを考えると、購入を躊躇するに十分な値段ではないかと思います。

 要するに、熱烈なファンにとっては貴重な書籍であるものの、普通の読者には「寄せ集めの割に高価」といった印象を持たれる危険性があります。夫であるスタンリー・エドガー・ハイマンの「序文」にしても、妻のジャクスンが亡くなって三年しか経っておらず、しかもその遺産で商売をしているにもかかわらず、新しい妻への謝辞を記す点に違和感を覚えます……。
 まだ紹介されていない長編がある段階で、果たして出版すべき本だったのでしょうか。
 その後の、日本におけるジャクスンの不遇に少なからず影響があったかも知れないと思うと複雑な気持ちになります。

 逆に、代表作の翻訳がほぼ済んだ現在、『こちらへいらっしゃい』が入手困難というのが皮肉としか思えません。
 ジャクスンを読み切ってしまったファンにとって、喉から手が出るほど欲しい本であることは間違いないのですから。

 以下、すべての収録作について簡単に触れてみます。

遺作「こちらへいらっしゃい」Come Along with Me(1965)
 家を売って都会へ出てきた中年の寡婦。収入のない彼女は、霊能力を用いて降霊会を開いたり、万引きをしたりして糊口を凌ぎます……。
 日本語にして五十頁弱の草稿です。これは、ジャクスンの超常現象を扱ったほかの作品とはかなり毛色が異なります。例えば、『ずっとお城で暮らしてる』の語り手が十八歳の少女だったのに対し、こちらは年齢も服のサイズも四十四という女性。そのせいか恐怖よりも、不気味さ、異様さが目立っています。
 実際、この小説には、主人公自身も含めて奇妙な人々が溢れています。死後の世界以上に狂った現実をブラックユーモアの衣で調理する予定だったのでしょうか。完成したものを読みたかったなあ……。

十四の短編 Fourteen Stories
ジャニス」Janice(1938)
 わずか三頁で、少女の悩み(経済的な理由で学校をやめなければならないこと)、気まぐれ(自殺未遂)、自己顕示欲(それらをパーティで誰彼構わず喋りまくる)をよく表現しています。

女奴隷トゥーティー」Tootie in Peonage(1942)
 いわば「迷惑な闖入者」に分類される短編(ヒュー・シーモアウォルポールの「銀の仮面」や、ミルドレッド・クリンガーマンの「赤い心臓と青い薔薇」など)ですが、後味は正反対です。トゥーティーの幸せを願いたくなります。

カリフラワーを髪に」A Cauliflower in Her Hair(1943)
 絵に描いたように明るく仲のよい家族が、娘の友だちの出現で不穏な空気を漂わせるようになります。冗談めかしてはいますが、父の本性を垣間みた妻と娘の不信感は、これから先も消えることがないでしょう。

わが愛する人」I Know Who I Love(1946)
 キャサリンは友だちも少なく、冴えない女性。厳格な両親のせいで、唯一の男友だちと別れた過去を持ちます。最後までギクシャクした関係だった両親が亡くなりますが、彼女は悲しい気持ちになれません。そうはいってもキャサリンはまだ二十三歳、親の気持ちが分かるのはもう少し先かも知れません。

美しき新来者」The Beautiful Stranger(1946)
 夫婦喧嘩をした後、出張にいった夫。帰ってきた彼は、別人になっていました。ジャクスン自身の家庭をモデルにしているのでしょうか。妻の妄想かも知れないし、パラレルワールドかも知れませんが、互いに「昨日までとは違う新しい配偶者」と考えた方が上手くゆくこともあるでしょうね。

夏の終り」The Summer People(1949)
 アリスン夫妻には毎年訪れる夏別荘があります。今年は初めてレイバーデイ以降も残ることにしました。たったそれだけのことですべてが悪夢のようになってしまうところがいかにもジャクスンらしい。

」Island(1950)
 痴呆のモンタギュー夫人は、息子の仕送りとつき添い婦のお陰で何不自由のない暮らしをしています。誰も窺い知れない痴呆の人の頭のなかを描いています。

ある訪問」A Visit: for Dylan Thomasa.k.a. The Lovely House)(1950)
 憑かれた家を舞台にしたゴシック小説。奇を衒うことのないオーソドックスな展開ながら、永遠に続く美しい日々にため息が出ます。

」The Rock(1951)
 鋭い岩しかない絶海の孤島に、兄夫婦とともに訪れたポーラ。そこには彼女にしかみえない男がいました。彼が何者なのかのヒントは「待っていたのは義姉の方だったが、現れたのはポーラだった」という科白です。

ジャングルの一日」A Day in the Jungle(1952)
 夫と喧嘩をして家出したエルザ。ひとりで行動した今日は危険が次々に襲い掛かってきた……かも知れない一日でした。

パジャマ・パーティー」Pajama Party(a.k.a. Birthday Party)(1957)
野蛮人との生活』と同じ家族エッセイ。十一歳の女子が四人も泊まりにくれば、こんな騒ぎになるのは必然です。

ルイザよ、帰ってきておくれ」Louisa, Please Come Here(a.k.a. Louisa, Please...)(1960)
 家族を嫌って失踪したルイザは、知人にみつかり三年ぶりに帰宅します。ところが……。誰もが家族の存在を自分に都合よく考えていないでしょうか。ふだんは鬱陶しがる癖に、甘えたいときには優しく包み込んでくれるものだと。

小さなわが家」The Little House(1962)
 伯母が亡くなり、彼女の家を相続したエリザベス。しかし、隣に住む老姉妹から伯母が何者かに殺害されたことを聞きます。ミステリー仕立てですが、狙いは全く別のところにあります。

夜のバス」The Bus(1965)
 バス嫌いの老嬢ハーパーはやむを得ず深夜のバスに乗り帰宅します。雨が降るなか、運転手に降ろされたのは見知らぬ場所でした。夢オチと思いきや……。『トワイライトゾーン』にありそうな幻想恐怖譚です。

自作を語る Three Lectures, with Two Stories
体験と創作」Experience and Fiction(1958)
 何の変哲もない体験を、いかに小説に仕立て直すか、ジャクスンの視点と技法が明かされます。また、反対に小説の素材となったできごとも語られます。いずれも彼女の小説と同じく、ユーモアと皮肉がたっぷり含まれているので、作家志望じゃなくとも楽しめるはず。女流作家の創作についての講演やエッセイとしては、フラナリー・オコナーの『秘義と習俗』や、ジョイス・キャロル・オーツの『作家の信念』などと並んで興味深い。

家じゅうが流感にかかった夜」The Night We All Had Grippe(1952)
 こちらをご覧ください。

ある短編小説伝」Biography of a Story(1960)
 いわずと知れたジャクスンの代表作「くじ」(訳者である深町眞理子の処女訳でもあるそう)。この短編が「ニューヨーカー」に掲載された後の大騒動を語っています。当時、読者に圧倒的な嫌悪感をもって迎えられた「くじ」ですが、ジャクスンの元へは日に十通以上の批難の手紙が届いたそうです(なかには、妻を斧で惨殺した男からのもあった)。ときが経てば、このように面白おかしく語れますが、匿名の悪意の渦に巻き込まれた際の恐怖と怒り、絶望は十分に理解できます。それでも小説を書き続けてくれたことに感謝したいと思います。

くじ」The Lottery(1948)
 何度も読み返していますが、やはり最も恐ろしいのは、ふだんは仲のよい村人、そして家族までもが、くじに当たった者に容赦なく襲い掛かってくるところでしょうか。夫や子どもたちの笑顔が忘れられません。

若き作家への提言」Notes for a Young Writer(1962)
 作家志望の娘のために書いた短編小説の書き方。ここでは、読者に受け入れられるエンターテインメント小説の作り方を、具体的な例をあげて説明してくれます。勿論、お手本にしてもよいし、全く逆のことをしてもよい。大切なのは「それ」について考えることなのです。

※:僕が持っている本は、一九九二年に復刊されたときのものなので、装丁が少し異なる。「世界の短篇」というシリーズ名がないし、ビニールカバーもついていない(写真)。

『こちらへいらっしゃい』世界の短篇、深町真理子訳、早川書房、一九七三

→『野蛮人との生活』シャーリイ・ジャクスン