読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

つながる海外文学 ―初心者におすすめする連想読書法


 僕は昔から、他人とかかわり合うのが苦手です。
 実生活では、生きてゆくためにやむを得ずある程度のつき合いをしていますが、インターネット内では一切の交わりをやめてしまいました(昔は少しやっていた)。
 ブログはコミュニケーションを取るためのものではなく、文字どおり単なる感想文と考えています。
 様々なボタンを押してくださる方がいらっしゃり、何もお返しできず常々申し訳なく感じていますが、色々と考えると窮屈になってしまうため、これまでどおり続けるほかありません。

 そんな人間がいうのも何ですが、つながりはとても大切だと思います。
 何の話かというと、勿論、読書についてです。

 海外文学の愛好者を増やすには、若い方にその魅力を訴えることが重要なのは論を俟ちません。
 ですから、「これから海外文学を読んでみたいと思っているけど、何を選んでよいか分からない」方のために「初心者におすすめする海外文学」のような記事を書きたいとずっと考えていました。

 ところが、何を基準に、どんなジャンルから、何を選ぶのかは非常に難しい。
 イメージとしては「ストーリー性があって、技巧に凝りすぎておらず、外国の文化や歴史が学べる」ようなものが相応しそうなのですが、そればかりを勧めるのはどうかという気もするのです。
 はっきりいってしまうと、それらは映画や漫画でも代替可能です。例えば、衝撃的な結末を求め続けた人は、あるとき、「待てよ。これって小説じゃなくてもよくね」と気づき、もっと手軽に楽しめる映画などに軸足を移してしまうかも知れません。
 それもあって、かつては「ジェイムズ・ジョイスヘンリー・ジェイムズから始めるべき」と乱暴なことを書きましたが、さすがにそれも無茶な話で、長い間、どうしようかと頭を痛めていました。

 で、思いついたのは「適当な本から始めて、次にその本と関連のあるものを選び、それをずっと繰り返したらどうか」というものです。
 つまり、本の内容について云々するのではなく、「本を選ぶ楽しみ」「世界が広がる楽しみ」を若い方に感じてもらおうと思ったわけです。
 ……などと勿体ぶって書かなくとも、大抵の人はそんな風に、小さな手掛かりを元に未知の世界へ踏み込んでゆくのではないでしょうか。

 というわけで、以下の流れは、ひとつのシミュレーションと思ってください。
 読みやすく、入手しやすい名作から始めて、スリップストリーム、エンターテインメントなどジャンルを超えて自由に作品を選んでゆきたいと思います。
 勿論、この流れに沿う必要など全くありません。読んでみたいと感じた本があったらまずは試してみて、その後は自分のルールで書物の森を探索されるとよろしいかと存じます。
 なお、終着点を決めず、ときどき続きを書き足してゆく予定なので、覚えていたら、たまに覗いてみていただけると幸いです。

トム・ソーヤーの冒険マーク・トウェイン
The Adventures of Tom Sawyer(1876)Mark Twain
 何度読み返したか分からないくらい好きな作品からスタートします。続編の『ハックルベリー・フィンの冒険』の方が評価が高いのですが、僕はこちらの方がお気に入り。少年時代の冒険は、やはり近い年齢の仲間がいてこそという気がするからです。『ハックルベリー・フィンの冒険』でも、トムが現れてからの方がワクワクします(トムは不要という意見も多いが)。
→『マーク・トウェインのバーレスク風自叙伝マーク・トウェイン

『ソロモン王の洞窟』ヘンリー・ライダー・ハガード
King Solomon's Mines(1885)Henry Rider Haggard
トム・ソーヤーの冒険』では、インジャン・ジョーが隠れた洞窟(Mark Twain Cave、元々はMcDowell's Caveといった)が印象的です。そして、洞窟といえば何といっても『ソロモン王の洞窟』でしょう(こちらはCaveではなく、Mine)。アラン・クォーターメインというキャラクターを生み出した冒険小説の傑作で、今読んでもそのスピード感に痺れること請け合いです。

『マイケル・K』J・M・クッツェー
Life & Times of Michael K(1983)J. M. Coetzee
 クォーターメインは南アフリカのダーバンからスリマン山脈を超えてゆきましたが、カラードで口唇口蓋裂の青年マイケル・Kは、手押し車に病気の母親を乗せ、ケープタウンから農場を目指して旅立ちます。あらゆる暴力を受け止めるために生み出されたかのような主人公は、一見何もかも異様に思えますが、一方で人間らしく生きるとはどういうことか教えてくれる貴重な存在でもあります。
→『石の女J・M・クッツェー
→『敵あるいはフォーJ・M・クッツェー

オブローモフイワン・ゴンチャロフ
Обломов(1859)Иван Aлeксандрович Гончаров
 マイケル・Kは食物を摂取せず痩せ衰えてゆきました。タイプは違えど、オブローモフも無気力では負けていません。なおかつ彼は、これ以上なく清廉な人物でもあります。詳しくはこちら

『エマ』ジェイン・オースティン
Emma(1816)Jane Austen
 読んでいて心配になるくらい弱々しいといえば、エマのお父さんも相当なものです。それはともかく、ジェイン・オースティンのヒロインのなかでは、エマが一番好き。『分別と多感』のマリアンは激しすぎるし、『高慢と偏見』のエリザベスは明るすぎるし、『マンスフィールド・パーク』のファニーは内気すぎるし、『ノーサンガー・アビー』のキャサリンは平凡すぎるし、『説得』のアンは地味すぎます。そんななかで、エマはすべてにおいてちょうどよいんですよね……って、これだけ違うタイプの主人公を書き分けたオースティンはやっぱすげーな。

『よしきた、ジーヴス』P・G・ウッドハウス
Right Ho, Jeeves(1934)P. G. Wodehouse
 エマの苗字はウッドハウス(Woodhouse)。といえば、英国が生んだ、もうひとりのラブコメディの大家P・G・ウッドハウスが思い浮かびます。取り敢えず一冊読んでみようという方には、彼の代表作である「ジーヴス」シリーズのなかでも最高傑作との声が高い『よしきた、ジーヴス』をお勧めします(長編では二作目)。短編のスピーディな展開もよいのですが、難問を溜めに溜めて最後にジーヴスが一気に解決するという本作の爽快感は格別です。
「ゴルフ」シリーズ P・G・ウッドハウス
→『ヒヨコ天国』P・G・ウッドハウス

八十日間世界一周ジュール・ヴェルヌ
Le Tour du monde en quatre-vingts jours(1872)Jules Verne
 正確にいうと、ジーヴスは執事(Butler)ではなく、従僕(Valet)です〔本人は、紳士の身の回りの世話をする紳士(Gentleman's Personal Gentleman)を名乗っている〕。ほかのフィクションをみてみると、カズオ・イシグロの『日の名残り』のスティーブンスは執事で、『八十日間世界一周』のジャン・パスパルトゥーは従僕となります。パスパルトゥーの主人フィリアス・フォッグは時間に異様に厳しいのですが、そんな性格と裏腹に、彼の冒険は熱く激しい。
→『氷のスフィンクスジュール・ヴェルヌ

ファウストヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
Faust(1808, 1833)Johann Wolfgang von Goethe
 フォッグは、クラブの仲間と八十日で世界一周をする賭けをしましたが、メフィストフェレスは、ファウスト博士を誘惑できるか、神と賭けをします。このレベルの古典は、さわりを知っていても、実際に読んでみることで新たな発見があるものです。

『プークが丘の妖精パック』ラドヤード・キプリング
Puck of Pook's Hill(1906)Rudyard Kipling
ファウスト第一部』ヴァルプルギスの夜の場面で登場する妖精パックは、ウィリアム・シェイクスピアの『真夏の夜の夢』からきているそうですけれど、ラドヤード・キプリングもパックを狂言回しに使った子ども向けの歴史ファンタジーを書いています。優れた児童文学と取るか、植民地主義的と取るかは読者次第ですが、いずれにしても読んでおいて損のない作品であることは確かです。『Rewards and Fairies』という続編もあります。
→『ジャングル・ブック』『続ジャングル・ブックラドヤード・キプリング

『10 1/2章で書かれた世界の歴史』ジュリアン・バーンズ
A History of the World in 10½ Chapters(1989)Julian Barnes
 様々な手法を用いて書かれた世界史のパロディ。例えば、ノアの方舟について語るのは、妖精パックどころか、密航者であるキクイムシです。十と半分の章は、繰り返し、重なり合い、反響し、大きな流れを作ってゆきます。これはジョン・バースの短編集『びっくりハウスの迷子』にも似た方法ではないでしょうか。

『高い城の男』フィリップ・K・ディック
The Man in the High Castle(1962)Philip K. Dick
 歴史を大きく変えてしまうと「歴史改変SF」などと呼ばれてしまいます。主流文学を書きたかったフィリップ・K・ディックは、この長編をSFと呼んでもらいたくなかったのでしょうね。第二次世界大戦で勝利したドイツが日本に対して「たんぽぽ作戦(核攻撃)」を計画するものの、それを実行するシーンを描かずに終えたところにディックの矜持を感じます。
→『ニックとグリマングフィリップ・K・ディック

『迷宮一〇〇〇』ヤン・ヴァイス
Dům o tisíci patrech(1929)Jan Weiss
『高い城の男』のホーソーン・アベンゼンは、ジュリアナが会ったときには既に高い城には住んでいませんでした。一方、『迷宮一〇〇〇』は、千階建てのミューラー館が舞台です。詳しくはこちら

『心の旅路』ジェイムズ・ヒルトン
Random Harvest(1941)James Hilton
『迷宮一〇〇〇』の探偵は記憶をなくして目覚めましたが、『心の旅路』の主人公はさらに凄い。第一次世界大戦で砲撃を受け、記憶を喪失し別人として生活します。しかし、その後、また事故に遭って、今度は元の記憶が戻り、逆に別人として暮らしていた記憶がなくなってしまいます……。ご都合主義といってはいけません。これによって感動的な物語が生まれるのですから。

『第二の顔』マルセル・エイメ
La Belle image(1941)Marcel Aymé
 冴えない中年男のラウル・セリュジェがなくしたものは記憶ではなく、自分の顔でした。代わりに彼はハンサムな顔を手に入れますが、だからといって幸福になれるわけではありません。それどころか、元の顔に戻った後も様々な問題やわだかまりが残ります。
→『おにごっこ物語』『もう一つのおにごっこ物語』マルセル・エイメ

『生きていたパスカルルイジ・ピランデルロ
Il Fu Mattia Pascal(1904)Luigi Pirandello
 間違って死んだことにされたパスカルは、別人として生きることにします。詳しくはこちら

『ブラス・クーバスの死後の回想』マシャード・ジ・アシス
Memórias Póstumas de Brás Cubas(1881)Machado de Assis
 ブラス・クーバスは本当に死んでしまってから、回想録(単なる不倫の話)を書きます。死によってあらゆる束縛から自由になったことが彼を執筆へと向かわせたのです。

ボヴァリー夫人ギュスターヴ・フローベール
Madame Bovary(1857)Gustave Flaubert
 不倫を扱った文学のなかでは最も有名なもののひとつです。エンマではなく、シャルルに感情移入すると、また違ったものがみえてきます。
→『聖アントワヌの誘惑ギュスターヴ・フローベール

マノン・レスコーアベ・プレヴォ
Manon Lescaut(1731)Antoine François Prévost
 男を破滅させる悪女というとマノン・レスコーを思い浮かべる人が多いと思います。しかし、実際読んでみれば、真の愛を求めたマノンの純粋さに驚かれることでしょう。

『酔いどれ草の仲買人』ジョン・バース
The Sot-Weed Factor(1960)John Barth
 マノンとシュヴァリエアメリカへ向かいますが、同じ頃、メリーランドに渡ったのが桂冠詩人を自称するエベニーザー・クックでした。ジョン・バースは、クックという実在の人物を使って、とんでもない物語を作り上げました。凄まじいボリュームですが、間違いなく読む価値はあります。
→『びっくりハウスの迷子ジョン・バース

 つづく