読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『恋人たちと泥棒たち』トリスタン・ベルナール

Amants et voleurs(1905)Tristan Bernard

 出帆社の「ユーモア文学傑作シリーズ」(※1)は、一九七五年十一月から一九七六年十月の一年間に、以下の本が出版されました。

『悪戯の愉しみ』アルフォンス・アレー
『ルーフォック・オルメスの冒険』ピエール・アンリ・カミ
『恋人たちと泥棒たち』トリスタン・ベルナール

 ほかの国の作家や長編も加える予定だったのか分かりませんが、薔薇十字社の後に矢牧一宏が作った出帆社は僅か二年の命だったので、結局たった三冊しか刊行されませんでした。しかし、それにより統一感の取れた外れのない叢書となりました。
「フランスの飛び切り馬鹿馬鹿しいコントのシリーズ」とでもいいましょうか。ナンセンスなユーモアにおいて上記の三人は、フランスが生んだ最強のスリートップといっても過言ではありません。

 アレーの『悪戯の愉しみ』は、福武文庫、みすず書房から再刊されましたが、それぞれ収録作に若干の違いがあります〔出帆社四十五編(※2)、福武文庫四十八編、みすず書房五十編〕。全部読みたければ「みすず書房」+「出帆社または福武文庫」の組み合わせで入手する必要があります。

 カミの『ルーフォック・オルメスの冒険』は、一九三六年に発行された白水社の『人生サーカス』の再刊です。
『名探偵オルメス』についてはこちらの記事を参照いただくとして、それ以外に、この本でしか読めない短編も収録されていますので、カミ好きなら必須のアイテムです。『人生サーカス』よりは入手が容易だと思います。

 ベルナールの短編は、東京創元社の『世界大ロマン全集〈59巻〉』に十二編、青銅社の『ふらんす笑談 ―恋人たちと泥棒たち』に二十一編、白水Uブックスの『笑いの錬金術』に三編が収録されていますが、どうせなら三十五編も収められている出帆社の『恋人たちと泥棒たち』を手に入れた方がよいと思います。

 ただし、『恋人たちと泥棒たち』は原著そのままではなく、ほかの短編集からも加えた日本オリジナル編集版です。
 訳者によると、『恋人たちと泥棒たち』は最高傑作であるのは間違いないけれど、ブラックユーモアに偏りすぎている(実際は、ブラックユーモアというより犯罪を題材にしたものが多い)。フランス的エスプリの精華といわれたベルナールの全貌を表すには、ほかの短編も加える必要があるとのことです(ただし、戯曲は未収録)。

 ところで、ベルナールは、著作のみでなく、本人自体が大変な人気者でした。大きな体に、立派な髭。風流に親しむ文人墨客でしたから、社交界ももてはやされたらしいですね。
 一方で、下ネタなんかも得意だったみたいなので、あらゆる人に愛されたのでしょう。

 さて、『恋人たちと泥棒たち』は収録数が多いので、例によって特に面白かったもののみ簡単に感想を書きます。

食欲は食うにつれて出てくる
 人食い人種の部族を訪ねた博士一行。ところが、その部族はヨーロッパの影響で、人を食するのをやめていました。土地の王に人肉が好きかと尋ねると、胸がムカつくからそんな話はしないでくれといわれる始末。その代わりに、博士ら白人が、探検に連れていった黒人を全員食べてしまうという正に人を食った話です。

ピエール・アラバンの復活
 墓のなかで目覚めたピエール。アパートへ戻ると、昨日、自分の葬式が行なわれたことを知ります。誰かの罠によって生きながら埋葬されてしまったのか、それとも自分は既に死んでいるのか……なあーんて悩む必要はありません。なぜなら、これはベルナールの作品なのですから。

母の心
 モルナルチュール夫人は、船長が留守の間、生後二か月の次男を見失ってしまいます。でも、船長は三年経たないと帰ってこないため、若い将校と浮気し、子どもを産むことにしました。ひとりめは女の子だったので、その子を里子に出し再度チャレンジしたところ、今度は男子が生まれます。船長が帰ってきたとき、三歳のはずの次男は、まだ歩けない赤子でしたが、船長は気づきません。
 船長は子種を仕込むとすぐに出発し、今度は七年帰ってきませんでした。その間、夫人は浮気し、二年後と四年後に子どもを生み、三つ子が生まれたと偽りました。三人の歳はバラバラですが、今度も船長は気づきません。
 やがて船長は死に、次男を失ってから二十一年が経ちました。そのとき、夫人は目の下に特徴的な染みのある若き将校と出会います。この青年はもしかすると、生き別れた息子なのでは! いや、ですから、これはベルナールの小説なんですってば。

シラノの猿真似
「Aだと思っていたことが、そのままAだった。その代わり、全然別のオチがつく」というベルナールお得意のパターン(普通の作家は「Aだと思っていたら、Bだった」が多い)ですが、仕込みがしっかりしているので笑いつつも感心させられます。

最後の面会
 殺人を犯して死刑になった息子と最後の面会をした母親。ところが、真っ暗だったため、息子は母親を人殺しの原因となった奥さんと勘違いしてしまいます。ベルナールらしくない真面目な話ですが、こんな状況でも息子の幸せを願う母の気持ちを思うと、悲しいやら、恐ろしいやら。

シャム兄弟の話
 本編の後に「訳者の回想」というのがついているのがユニークです。ベルナールは現実の結合双生児をヒントに創作したのでしょうか。それとも、ただの偶然なのかな。

浮浪者
 原稿が書けずに悩んでいるとき、浮浪者に出会い、彼の話を興味深く聞きます。急いで家に帰って原稿を書いたところ、浮浪者の話とは全く関係のない内容になりました。でも、その話は無駄になったわけではありません。なぜなら、今、浮浪者の話を書いているから。頭がこんがらがってきます……。

よい父
 ベルナールは、とんでもなく馬鹿げた物語をあたかも美談の如く、あるいはその逆をゆき、読者を煙に巻きます。この短編も、どっちなのかよく分かりません。

※1:『ルーフォック・オルメスの冒険』の帯には「ユーモア文学傑作シリーズ第二弾!!」、『恋人たちと泥棒たち』の帯には「ユーモア文学傑作シリーズ第三弾!!」とそれぞれ書かれているが、『悪戯の愉しみ』には「ユーモア文学傑作シリーズ」というシリーズ名は一切ない。要するに『悪戯の愉しみ』が出た時点では叢書にする予定はなかったのであろう。また、シリーズ名は帯と巻末の広告にしか書かれていないので、極めて緩い括り(煽り文句程度)といえる。

※2:帯には『ブルトンが「エスプリのテロリスム作用」と呼んだアレーのコント46篇』『黒いユーモア46篇』とあるが、実際は四十五編しか収録されていない。


『恋人たちと泥棒たち ―トリスタン・ベルナール短篇集』田辺貞之助訳、出帆社、一九七六