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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ウィンブルドンの毒殺魔』『毒殺魔の十二カ月』ナイジェル・ウィリアムズ

The Wimbledon Poisoner(1990)/Scenes from a Poisoner's Life(1994)Nigel Williams

 少し前にお洒落なデザインに変わったポケミスは、僕にとって敷居の高い本でした。
 ペーパーバックがハードカバーより手に取りにくいというのもおかしな話ですが、ハーレクインなんかと同様「好事家が購入する大人の本」というイメージを持っていたせいかも知れません。自分には縁がないと思い込んでいたんですね。
 要するに「何か面白そうなの、発行されたかな?」と鼻歌を歌いながらポケミスの棚を漁るなんてことはせず、明確に狙いが絞れているとき以外は購入しませんでした(ピエール・アンリ・カミの『機械探偵クリク・ロボット』とか)。

 さて、ナイジェル・ウィリアムスの二冊は、いずれもユーモアミステリー(『深き森は悪魔のにおい』とかに近い)に分類されそうですが、英国らしいコミックノベルといった方がしっくりきます(ウィリアムズには『Two and a Half Men in a Boat』という『ボートの三人男』をもじった旅行記もあるそう)。

 なお、『ウィンブルドンの毒殺魔』は、『彼らはSW19からやってきた』『East of Wimbledon』とともにウィンブルドン・トリロジーとされていて、『毒殺魔の十二カ月』は、それらと共通するキャラが登場する番外編という扱いのようです(SW19というのはウィンブルドンを含む地域の郵便番号)。

ウィンブルドンの毒殺魔』のあらすじは、非常に簡単。「冴えない中年男ヘンリーは、憎たらしい妻を殺害する計画を立てるが、なかなか思うようにはいかない」と、一文で説明できてしまいます。
 要旨をシンプルにまとめられるフィクションは傑作が多いといいますが、そのとおりだなと思います。設定が分かりやすいのもポイントが高い。何しろ現実でも、中年男の九十九%は冴えないし、妻の九十九%は……以下略。

 さて、一見ありがちな設定と物語と思いきや、よく読むと、そう単純でもないってことが分かってきます。
 ヘンリーは、どこか間の抜けた毒殺魔ですが、だからといって、作品をほのぼのした雰囲気で覆ってくれるわけではありません。というのも、彼は、なかなかに手前勝手な冷血漢で、誤って親友に毒を盛って殺害してしまったかも知れないにもかかわらず、平然としているのです。
 そもそも憎き妻のエリナーは、手に負えない悪妻というわけではなく、知性の高い常識人。その証拠にほかの男性にはやたらと人気があり、嫌っているのはヘンリーくらいしかいません。何か変だなと思っていると、やがて、ヘンリーの計画は、妻だけでなく地域の人々を皆殺しにするものに変わっていきます(肝腎の妻は死なない)。

 そして、その辺りから、グロテスクな差別の匂いがプンプンし、それに伴い、笑いの質も上がってきます。
 正にブラックユーモアの本領発揮。馬鹿な住民どもがコロコロと死んでゆくところなんて、甘さ控えめが好きな方には堪らないでしょう。

 一方、ヘンリーの殺意の源ですが、妻に軽んじられ続けたため、劣等感や性的な不満、抑圧された感情を抱いていたとも読めます。
 しかし、第二部のタイトルが「罪と罰」で、作中何度か「ラスコーリなんとかかんとか」と出てくるところをみると、選ばれた者による不遜な殺意を表したいのかも知れない(ロジャー・アクロイドの名前も出てくるが、これは明らかなミスリード)。
 要するに、妻を殺したいと考える夫こそ正常だということです。不満を抱きながら何十年も生活を共にし、冷え切った関係になってしまうのなら、いっそひと思いに殺してしまった方がよい。ヘンリー自身、妻の素晴らしさを認めていればこそのユニークな動機といえるでしょう。

 これに共感できるかどうかで評価が変わってきそうですが(僕は大いに心動かされた)、後味も意外と悪くないブラックユーモアの傑作です。
 ただし、ミステリーとしては、オチがみえみえすぎるという欠点がありますね……。

『毒殺魔の十二カ月』は、それから数年後(娘の年齢からすると五年後だけど、ヘンリーの年齢では七年後?)を連作短編形式で描いたものです。一月から十二月までの十二章に分かれていて、それぞれちょっとした事件(殺人もある)が扱われます。

 飽くまで『ウィンブルドンの毒殺魔』を読んでいることが前提になりますが、短編の方が出来がよいかも知れません。
 一編ごとににエキセントリックな隣人たちが登場するのがミソで、冗長さがなくキリッと引き締まり、毒もたっぷり振りかけてあります。おまけに、きちんと季節感が出ていて、まるで『やかまし村の春・夏・秋・冬』を読んでるみたい(さすがに、それは、いいすぎか……)。

 そもそもウィリアムズは、話の展開や用意周到な仕掛けで笑わせるタイプではなく、勿体ぶった表現とか、皮肉な視点とか、キャラクターの馬鹿げた行動とかが売りなので、複雑なプロットは必要ないんですね(ただし、書くのは短編集の方が大変かも。僕も「マジカルストーンを探せ!」というシリーズで似たようなことをした経験があるが、スピンオフの短編集の方が何倍も苦労した)。
 そのなかで、僕のお気に入りをいくつかあげてみます。

一月 鐘を鳴らして古いものを追い出し、ろくでもないものを迎え入れよ」Ring Out The Old, Rig In The Bastards
 龍と虎のような凄まじい掃除婦ふたりに悩まされるヘンリーを待っていたのは、悪夢のような告白でした。アンジェリカという掃除婦は、その後もちょくちょく登場するのですが、それが堪らなく変でおかしい。

五月 彼女の心の真正な声」The Authentic Noises Of Her Heart
 エリナーの視点で描かれた唯一の物語。妻の目をとおしてヘンリーをみると、いかにダメな夫か分かります。とはいえ、死ぬほど幻滅しても一緒にいるんですから、それなりの魅力はありますとも。六月は娘メイジーの視点で、そちらも秀逸です。

七月 ちゃんとした仲間」The Right Set
 お国柄(土地柄)、人種差別ネタが多い(三月もそう)のですが、これはちょこっと文学的(笑)。ところで、この辺まで読んでくると、憎み合っていた家族の絆が強まってゆく様子がみえてきて、ホロリとさせられてしまいます。

九月 わが心臓をウィンブルドン・コモンに埋めよ」Bury My Heart On Wimbledon Common
 一番好きな話です。馬鹿馬鹿しくて、哀しくて、最後は少し元気になれます。

 もし、あなたが、ヘンリーや僕と同じように、鈍感で臆病で、誰からも好かれていないデブの中年男だとしたら、涙なしには読めないでしょう。

ウィンブルドンの毒殺魔』高儀進訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ、一九九三
『毒殺魔の十二カ月』高儀進訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ、一九九六