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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『聖ヴィーナスの夕べ』アンソニー・バージェス

The Eve of St. Venus(1964)Anthony Burgess

(前略)
 アンソニー・バージェスの『聖ヴィーナスの夕べ』とは、こんな話です。
 結婚式の前日、花婿が練習のつもりで、庭のヴィーナス像の薬指に結婚指輪をはめる。すると、不思議なことに石像の指が曲がり、指輪が取れなくなってしまう。その夜、花婿のベッドにヴィーナスが現れ、「あなたはあの女(花嫁)とは結婚できません。なぜなら、既に私と結婚しているのですから」といわれてしまって、さあ大変。

 昔ながらの物語(序文にはラテン語の讃歌『ウエヌスの宵祭り』を元にしていると書かれているが、僕はギリシャ神話のピグマリオン伝説を思い出してしまった)を、古典的な三一致の法則で統一された舞台の上で、類型的な人物が演じる喜劇の小説化という感じでしょうか。
 といって、単に軽いだけのコメディではありません。ヴィーナスのもたらすトラブルより、むしろそれぞれの人物の性向や思惑や立場が、結婚式前夜という特異な状況で表面化してしまい、ドタバタを引き起こす。そして、異様な昂揚の後に待っている平凡すぎるくらいの日々を想像し、ある意味、これが結婚の本質かも知れないと思ったりして……。
 勿論、バージェスらしい言葉遊びもちりばめられていますし、眠れぬ夜にお勧めの一冊です。

『聖ヴィーナスの夕べ』アントニイ・バージェス選集5、鈴木建三訳、早川書房、一九七九

→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス