読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ドン・キホーテ』キャシー・アッカー

Don Quixote: Which Was a Dream(1986)Kathy Acker

 日本では本家と同じ書名になってしまい紛らわしい(※)のが、キャシー・アッカーの『ドン・キホーテ』(写真)。サブタイトルの「それは夢だった」は、邦題についているのかいないのか微妙な感じです(カバーや奥付には入っていないけど、帯や扉には入っている)。

 アッカーの訳本は、一九九〇年代に続けて出版されました。「スキンヘッドと刺青のパンク作家」「ポルノパフォーマー」「バイセクシャルで二度の離婚歴がある」「女バロウズ」などと盛んに喧伝されていて、読まないと時代から取り残されるような気がした若き日の僕は、結局、全部購入しました(といっても、四冊だけだけど。一九九七年に亡くなってしまったせいか、刊行が予告されていた『アイデンティティ追悼』『海賊王プッシー』『Great Expectations』は結局出なかったみたい)。

 ……なんていう割に、そもそも僕は、バロウズの小説がよく分かりません。やはり若い時分、一通り著作を買いましたが(『爆発した切符』まで持ってる)、本音をいうと『ジャンキー』と『おかま』以外は苦痛の方が大きかった。作者に関する知識を一切持たずに取り組んだら、数頁で投げ出していたかも知れません。

 アッカーは、バロウズと同様、決して分かりやすくないけど、軽快で饒舌なので読んでいて楽しい(ずっと心に残っている強烈なフレーズがあるが、卑猥すぎてここでは書けないのが残念)。特に『血みどろ臓物ハイスクール』(1984)は歴史に残る傑作といってもよいと思います。岩波文庫にでも入れてもらって長く読み継がれて欲しいな(半分、本気)。

 さて、『ドン・キホーテ』ですが、あらすじ(らしきもの)を書いても余り意味がないと思いつつ、大体こんな感じ。
 1章は、中絶手術を目前にして発狂したドン・キホーテ(六十六歳、女)が、愛を求めて遍歴します。サンチョが登場しない代わりに、死んだ犬になった聖シメオンや、『ドン・キホーテ』の架空の作者であるシーデ・ハメーテ・ペネンヘーリなんてのまで出てきたりします。また、ところどころ『ドン・キホーテ』のパロディになっているような、いないような……。
 2章は、1章とはほとんど関連のない雑多なパクりテクストで構成されています。この辺りで「作者の頭はおかしいのかな」と感じます(勿論、褒めてる)。
 3章は、1章の続きです。ドン・キホーテが立ち向かってゆく巨大な敵は、米国政府だったり、男だったり、学校教育だったりし、やがて、彼女は死の世界を彷徨ってゆきます。

 前述したとおりアッカーを形容する言葉は沢山あります。それと同様、彼女の小説も、尤もらしい文学用語で飾られることが多い(ポストパンク、フェミニズム、ポルノグラフィ、カットアップなど)。これって要するに、よく分からないものに名前をつけて理解した気になるわけで、余り好きじゃありません。
 かといって、平易な言葉で語ろうとすると「過激」とか「エロ」とか「暴力」とかが全面に出てきてしまって、これもまた詰まらないなあと思います。

 そうやって色々なものを剥ぎ取った後、残ったものは、やはり「愛」ということになるでしょうか。
 結局、アッカーの小説は、愛についての哲学書であり、その分かりにくさは、愛という、わけの分からないものを扱っているからなのかしらと思ったりもします。
「愛したい」「愛されたい」という間断ない叫びは、鬱陶しくて、可笑しくて、ときにドキリとさせられます。真面目で澄ました作品だったら、馬鹿馬鹿しくて、とても読む気にはなれませんが、ここまでぶっ飛んでいると、逆に「表現したい(あるいは、かまってもらいたい)」という魂の叫びが聞こえてくるような気がするから不思議です。

 アッカーの小説は復刊されそうもありませんが、可愛くて不気味なイラストも沢山入っているし、ケータイ小説の読者なんかは案外と容易く受け入れちゃうかもと思ったりするので、未訳の小説も出版してくださいな。
追記:二〇一八年十二月、河出文庫から『血みどろ臓物ハイスクール』が復刊されました。

※:紛らわしいというと、テネシー・ウィリアムスには『夜のドン・キホーテ』(原題は『The Knightly Quest』)、五木寛之には『夜のドンキホーテ』という本がある。「・」が入るか入らないかの違い。

ドン・キホーテ渡辺佐智江訳、白水社、一九九四

ドン・キホーテ』関連
→『ナボコフのドン・キホーテ講義ウラジーミル・ナボコフ
→『贋作ドン・キホーテアロンソ・フェルナンデス・デ・アベリャネーダ
→『キホーテ神父グレアム・グリーン
→『ケストナーの「ほらふき男爵」エーリッヒ・ケストナー
→『ドン・キホーテのごとく ―セルバンテス自叙伝』スティーヴン・マーロウ

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