読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『どこまで行けばお茶の時間』アンソニー・バージェス

A Long Trip to Tea Time(1976)Anthony Burgess

 アンソニー・バージェスは、過去に『聖ヴィーナスの夕べ』の簡単な記事を書きましたが、あれは感想でも何でもなく、「雑文」として書いたものの一部なので、今回はきちんと取り上げたいと思います。

 バージェスというと、主に早川書房とサンリオから訳本が出ていましたが、早川の「アントニイ・バージェス選集」は、全九巻(十冊)が予定されていたものの、『熊にハチミツ』と『外なるエンダビー』の二冊は結局発行されず、とても悲しかった記憶があります(当初、7巻は『エンダビー』として「内側」と「外側」が一冊にまとめられる予定だったが、7-1『エンダビー氏の内側』しか発行されなかった。ちなみに「エンダビー氏シリーズ」は四部作)。
 今からでも遅くないので、続きを出してもらえないでしょうかね。

 さて、今回取り上げるのは『どこまで行けばお茶の時間』です。
 この本は児童向けなので、イタリアの絵本作家ファルビオ・テスターがイラストを描いています。ふたりは『アイスクリームの国』(一九七九)という絵本でもコンビを組んでいて、こちらも訳本があります(ちなみに、テスターは、この本のタイトルをもじったような『A Long Trip to Z』という絵本を単独で出している)。
 テスターのイラストは、おもちゃみたいで愛らしいけど、表情まで作りものめいていて、少し不気味なところがとても好きです。絵本や児童書の絵というのは、ただ可愛いらしいだけではダメだと思うので、薄気味悪さを感じさせる彼の絵は、僕にとっては理想的。
 また、この本は全部モノクロのイラストなのですが、それでも魅力が損なわれてない点も凄いんですよね。

 さて、物語の方は、バージェス版『不思議の国のアリス』といった感じ。
 主人公のエドガーは、退屈な授業を受けている最中、不思議の国を訪れることになるのですが、開始一ページ目から冒険に旅立つのが潔い。類型的な展開(オチもみえる)なので、間怠っこしい段取りは不要というわけでしょう。
 その後は、ひたすら不条理なことや人がエドガーを襲うわけですが、彼の心配は、お茶の時間までに家に帰れるかどうか、ってこと。あれほどうんざりしていた歴代国王の名前を覚えさせられる授業も恋しくなります。

 児童向けとはいえ、いや、だからこそ、翻訳が非常に難しい作品だと思います。言葉遊び、かばん語、ナンセンス詩が盛り沢山ですし、何よりイギリスの教科書のパロディみたいなところがあるので、それが日本の年少の読者にどこまで伝わるのか疑問だからです(尤も日本では、子どもの読者を対象としてはいないだろうけど)。

 ところが、その部分は、この作品の最大の魅力でもあります。
 作中、イングランドの歴史、聖書、神話、文学、音楽、科学など、子どもたちが習う事柄が様々な形で現れるのですが、教科書のなかにいるときは小難しくて退屈でしかないそれらは、バージェスの手にかかると、生き生きと個性的な存在になるからです。
 学生の頃は詰まらないと感じた学校の勉強が、大人になると面白く感じることがありますが、もしかすると、バージェスもそうだったのかも知れません。それで、「お勉強」に少しでも興味を持ってもらおうと、子どもたちに向けてこの小説を書いたのかな、なんて思ってしまいました。
 勿論、ナンセンスファンタジーとしても秀逸ですし、ちょっとしたパズルも出てきますので、最後まで飽きずに楽しめます(長さもちょうどいい)。

 唯一残念なのは、先程も述べたように、日本の子どもたちが手に取る機会は少なかっただろうな、と思われる点です。若いうちに、こういうのを読んでいるとセンスがよくなる気がするんですけどね。

『どこまで行けばお茶の時間』内藤理恵子、吉田映子訳、サンリオSF文庫、一九八一

→『聖ヴィーナスの夕べアンソニー・バージェス

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『エバは猫の中ガブリエル・ガルシア=マルケスオクタビオ・パスほか
→『サンディエゴ・ライトフット・スー』トム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『ドロシアの虎』キット・リード