読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

ミステリーっぽい短編小説


注:二〇一二年四月四日に書いた記事に、新しい短編を随時追加しています。そのたびに日付を更新します。

 可能であれば、ありとあらゆる本を読んでみたいのですが、人生は短く、読書にだけ時間を費やすわけにはいかないため、本を選ぶ行為がとても重要になってきます。
 趣味の読書の場合、大抵は、好みや何らかの基準に合わせて、読む本を選択していることと思います。
「仮面舞踏会」が出てくる小説ばかりを探している知人がいますが、そこまで極端でなくても、それぞれのなかに「ベストセラー」「恋愛小説」「フランス文学」「女流作家」などを好むといった傾向が自然と生まれているのではないでしょうか。
 ちなみに僕は、数年前、泣く泣く日本文学を捨てる決心をしました。そうでもしないと、主要な海外文学ですら、死ぬまでに読み終えることができないと思ったからです。

 閑話休題
 例えば、時代小説しか読まない人は、書店にいっても時代小説の棚以外はチェックしないはずです。ところが、ときには、官能小説家が時代小説を書くこともあります。
 それが長編だったら「エロスの巨匠が描く江戸人情譚!」などと宣伝され、目につくことも多いでしょう。しかし、短編集のなかの一編だったりすると、時代小説好きの読者に気づかれる可能性はぐっと低くなってしまいます。

 というわけで、ミステリー専門ではない作家が書いたミステリーっぽい短編を、年代順にご紹介したいと思います。
 有名なものばかりですが、ミステリー作家を中心に読まれている方にとっては、ひょっとすると縁のない作品たちかも知れません。

 ただし、ここでいう「ミステリーっぽい」とは、いわゆる推理小説だけでなく、「魅力的な謎が扱われている小説」も含みます。
 だからこそ上質な素材のままであり、少し手を加えれば本格的な推理小説としても成立しうると思います。
 ……なんて偉そうなことをいうほどミステリーのことを知らないので「文学または推理小説の初心者にお勧めの短編」と思っていただければ幸いです。

「幽霊花婿」ワシントン・アーヴィング
The Spectre Bridegroom(1819)Washington Irving
 単なる幽霊譚と思いきや、最後には謎がきっちり解かれます。真相を隠す仕掛けが施されているものの、この時代はまだ手法が洗練されていないせいか、「ん?」と思って読み返すことになるかも知れません。
 とはいえ、現代では、それが却って新鮮だったりします。
(『スケッチ・ブック』〈上〉〈下〉岩波文庫

「ヒギンボザム氏の意外な破局ナサニエル・ホーソーン
Mr. Higginbotham's Catastrophe(1834)Nathaniel Hawthorne
 ホーソーンは、そもそも代表作『緋文字』が良質なミステリー(パールの父親は何者か?)だったりします。
 こちらの短編は、時間の使い方が上手く、ミステリーとして読んだわけではないので、見事に引っ掛かってしまいました。誤解が生まれた理由も十分納得のゆくものです。
(『ホーソーン短篇小説集』岩波文庫
→『七人の風来坊ナサニエル・ホーソーン

「狂人の手記」チャールズ・ディケンズ
A Madman's Manuscript(1837)Charles Dickens
 ディケンズは、短編においては、ホラーやミステリーを得意にしていました。これは倒叙ものの元祖といわれています。
(『ディケンズ短篇集』岩波文庫

「幽霊船(ベニト・セレノ)」ハーマン・メルヴィル
Benito Cereno(1855)Herman Melville
 巧みに真実を隠し、先を読ませない技巧、結末の鮮やかなどんでん返しは、さすが文学史上に名を残す傑作だけあります。
(『幽霊船 他一篇』岩波文庫、『バートルビー/ベニト・セレノ』圭書房)

「終わりよければ」エリザベス・ギャスケル
The Sins Of A Father
(1858)Elizabeth Gaskell
 若い夫婦の自宅で、机の引出しに入れておいた紙幣の束が何者かに盗まれます。やがて、信頼していた下僕が逮捕されますが、主人はどういうわけか顔色が冴えません。
 推理小説の形を借りながら、悪に対して毅然として立ち向かう夫人の高潔な精神と、夫に対する愛を描いています。現代の物語であれば、こうしたシンプルな解決は考えにくいのですが、実は最も正しい方法なのかも知れませんね。
(『ギャスケル短篇集』岩波文庫
→『女だけの町 ―クランフォード』エリザベス・ギャスケル

「とてもパリ的なドラマ」アルフォンス・アレー
Un drame bien parisien(1890)Alphonse Allais
「謎と驚き」という点からみると、この小説ほど凄いものを知りません。とにかく、びっくりさせられ、読後にいくら考えても、謎が解けない……。
(『物語における読者』ウンベルト・エーコ青土社

「トム・ソーヤーの探偵」マーク・トウェイン
Tom Sawyer, Detective(1896)Mark Twain
 法廷ミステリーです。『トム・ソーヤーの冒険』や『まぬけのウィルソン』にも法廷の場面がありましたから、こういう展開を気に入ってたのでしょうか。
 なお、トウェインのリドルストーリーとしては「恐ろしき、悲惨きわまる中世のロマンス」が最も有名です(こちらを参照)。
(『トム・ソーヤーの探偵・探検』新潮文庫
→『マーク・トウェインのバーレスク風自叙伝マーク・トウェイン

「アンジェリーヌ」エミール・ゾラ
Angeline
(1899)Émile Zola
 美貌の少女アンジェリーヌは、嫉妬した継母に殺され、父によって地下室に埋められたのでしょうか。それとも、自らの心臓にナイフを突き立てたのでしょうか。
 幽霊まで登場するので、過去に陰惨な事件が起こったのかと思いきや、真相は意外なものでした。
(『水車小屋攻撃』岩波文庫

「トニオ・クレーガー」トーマス・マン
Tonio Kröger(1903)Thomas Mann
 マン初期の代表的な短編です。読者に対して仕掛けた罠が凄すぎて、未だに解釈が割れています。
(『トニオ・クレエゲル』岩波文庫、『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』新潮文庫、『トーニオ・クレーガー 他一篇』河出文庫

「ミセス・バサースト」ラドヤード・キプリング
Mrs. Bathurst(1904)Rudyard Kipling
 ここで取り上げるのを躊躇ったほど有名な短編です。ヴィカリーは、なぜ失踪したのか。生きているのか死んでいるのか。彼は妻を殺したのか。どうして毎晩、ニュース映画をみにいったのか……など、沢山の謎で彩られています。
 いや、そもそも、それらは謎といえるのでしょうか。何度読み返しても、真実がみえません。
(『キプリング短篇集』岩波文庫
→『ジャングル・ブック』『続ジャングル・ブックラドヤード・キプリング

「レイモンドの謎」F・スコット・フィッツジェラルド
The Mystery of the Raymond Mortgage(1909)Francis Scott Fitzgerald
 フィッツジェラルドの処女作で、十三歳のときに中学校の校内誌に発表されたもの。事件が起こり、探偵が現れ、謎を解くという純粋な推理小説です。
 殺人事件の謎が解け物語の幕が引かれてからしばらくして、とんでもないことに気づきます。「そういえば、原題(レイモンドの消えた抵当証券)の謎は全く解かれていないぞ!」と。詳しくは語られませんが、殺人がそれを誤魔化すために行なわれたとしたら……。フィッツジェラルドは、ミステリー作家としても成功していたかも知れません。
(『ベンジャミン・バトン ―数奇な人生』角川文庫)

「パール・ボタンはどんなふうにさらわれたか」キャサリンマンスフィールド
How Pearl Button Was Kidnapped(1912)Katherine Mansfield
 パール・ボタンと呼ばれている白人の少女が誘拐されます。どのように誘拐されたかは詳しく描かれますが、誰が、何の目的でさらったのかは一切触れられません。
 よく読むと、パール・ボタンを連れ去ったのはニュージーランドの先住民であるマオリ族であることが分かります。イギリス人の入植によって土地を奪われ、マオリ戦争によって多くの死者を出したマオリ族マンスフィールドは、英国人に対する彼らの感情を寓話的に描いています。
(『マンスフィールド短篇集』ちくま文庫
→『ドイツの田舎宿で』キャサリンマンスフィールド

「みにくい巡査の恋物語P・G・ウッドハウス
The Romance of an Ugly Policeman(1915)Pelham Grenville Wodehouse
 書店にいくと、ウッドハウスの本はなぜか「海外ミステリー」のコーナーに置かれていることが多く、いつも首を傾げてしまいます。かつて短編が「新青年」や「宝石」に掲載されていたせいでしょうか、あるいはジーヴスが名探偵(もしくは大怪盗)並みの頭脳を有しているせいでしょうか(※)。
 それはともかくとして、この短編は恋愛小説としてはめでたしめでたしですが、真相は放置してしまってよいのかしらん。真犯人は明らかなのに……。
(『ウッドハウス短編集』富士書店)
→『ゴルフ人生』『ゴルきちの心情』『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』P・G・ウッドハウス
→『ヒヨコ天国』P・G・ウッドハウス

※:ハードカバー版の『エムズワース卿の受難録』に「P・G・ウッドハウスとミステリ 探偵小説とウッドハウス」という解説が掲載されているので、興味のある方はどうぞ。
 なお、『Wodehouse on Crime』という本も出ていて、そこに収録されているのは「ストリキニーネ・イン・ザ・スープ」「ブランディングズ城を襲う無法の嵐」「ユークリッジ口座を開く」「スポーツマン精神」「名探偵マリナー」「ロドニー・スペルヴィンの改心」「刑の代替はこれを認めない」「ある写真屋のロマンス」「アガサ伯母、胸のうちを語る」「想いぞ燃ゆる」「ユークリッジの傷害同盟」「Strange Experience of an Artist's Model」の十二編。しかし、ウッドハウス唯一のミステリーといわれる「エクセルシオー荘の惨劇」(全くウッドハウスらしくない異色作。名前を貸しただけという説もある。エラリー・クイーン編『新 世界傑作推理12選』で読める)は入っていない。
 ちなみに、河出書房新社の『シャーロック・ホームズ全集8 シャーロック・ホームズ最後の挨拶』には、付録として「P・G・ウッドハウスの無署名の小品」と題して、ホームズのパロディが三つ(短篇二編、詩一編)収録されている。ホームズの模倣としては、ほかに『名探偵読本 シャーロック・ホームズ』に収録の「モリアティ教授の正体」や「マリナーの偉大な勝利」(厳密にいうとマリナー氏ものではない)などがある。


「ジョコンダの微笑」オルダス・ハクスリー
The Gioconda Smile(1921)Aldous Huxley
 病弱の妻が亡くなり、愛人と再婚したハットン氏。ところが、彼は妻殺しの罪で、死刑を宣告されてしまいます。
 真犯人は、ある目的からハットン氏の妻を殺害したものの、その目的が達せられないと分かるや、方向転換をしてハットン氏を罠にかけました。ハットン氏にとっては偶然が積み重なった形になりましたが、読者はハクスリーの周到な伏線に舌を巻くことでしょう。なお、ジョコンダとはモナ・リザのモデルになった夫人のことです。
(『ハックスレー短篇集』新潮文庫

「白い象のような山並み」アーネスト・ヘミングウェイ
Hills Like White Elephants(1927)Ernest Hemingway
 じっくり考えないと、何の話をしているかすら分からないという意味でミステリーかな?
(『われらの時代・男だけの世界 −ヘミングウェイ全短編1』新潮文庫、『ヘミングウェイ短篇集』ちくま文庫

「エミリーにバラを」ウィリアム・フォークナー
A Rose for Emily(1931)William Faulkner
 フォークナーの最もメジャーな短編です。屋敷に閉じこもり、世間との接触を断ったエミリーと男の間に何があったのか、を読み解く楽しみがあります。
(『フォークナー短編集』新潮文庫
→『魔法の木ウィリアム・フォークナー

「あるところに寂しげな家がありまして」フランク・オコナー
There is a Lone House(1933)Frank O'Connor
 孤独で謎の多い女性のもとに、ぶらっと現れた男が住み着く。「エミリーにバラを」と非常によく似た設定にもかかわらず、結末は真逆なところが面白いです。
(『フランク・オコナー短篇集』岩波文庫

「蛇」ジョン・スタインベック
The Snake(1935)John Steinbeck
 若い生物学者の研究所に、怪しい女が訪ねてきて、ガラガラヘビを売ってくれといいます。といって、それを持ち帰るわけではなく、その場で生きた鼠を与え、食べる様子を観察するのです。
 読者の誰もが、女は蛇の化身と考えるのではないでしょうか。けれども、そんな詰まらないオチではありませんから、ご安心ください。
(『スタインベック短編集』新潮文庫

「ローマン・キッド」ポール・ギャリコ
The Roman Kid(1938)Paul Gallico
 古代ローマのブロンズ像が、最近作られた贋作であるとして職を追われそうになる考古学者。彼の娘と恋に落ちたアメリカ人のスポーツライターが、ボクシングの知識を駆使して、その像が本物であることを証明します。
 EQMMにも掲載された本格的な推理小説です。主人公は学のないライターですが、ブロンズ像の特徴(体の傷や筋肉)から真実をみつけ出します。考古学者には真似のできない見事な推理もさることながら、恋愛小説としても爽快な一編です。
(『銀色の白鳥たち』ハヤカワ文庫)
→『セシルの魔法の友だちポール・ギャリコ

「死とコンパス」ホルヘ・ルイス・ボルヘス
La muerte y la brújula(1942)Jorge Luis Borges
 探偵小説好きで、アドルフォ・ビオイ=カサレスと組み「ドン・イシドロ・パロディ」というミステリーシリーズを書いているボルヘスを「ミステリー作家ではない」といってしまってよいのか分かりませんが、これは特に面白かったです。
(『伝奇集』岩波文庫

「家じゅうが流感にかかった夜」シャーリイ・ジャクスン
The Night We All Had Grippe(1952)Shirley Hardie Jackson
 家族全員が風邪を引いた夜、五人と犬一匹が寝苦しくて寝床をあちこち変えているうち、毛布が一枚行方不明になってしまいます。
 図にしたり箇条書きしたりして最初から読み返しても、この謎は絶対に解けないでしょうね。ふふふふ。
(『野蛮人との生活』ハヤカワ文庫、『こちらへいらっしゃい』早川書房
→『こちらへいらっしゃい』シャーリイ・ジャクスン
→『野蛮人との生活』シャーリイ・ジャクスン

「吊るされたよそ者」フィリップ・K・ディック
The Hanging Stranger(1953)Philip Kindred Dick
 ディックは長編においても謎を効果的に使用する作家です(答えがない場合もあるが……)。この短編は、首吊り死体に気づいたのは自分だけという謎がきちんと解かれ、読者に衝撃を与えます。
 ところで、「奇妙な果実」も、ある意味このような状況に近いのかと考えると、さらに恐ろしくなります。
(『トータル・リコール』ハヤカワ文庫)
→『ニックとグリマングフィリップ・K・ディック

「殺人あ・ら・かると」フランソワーズ・サガン
Meurtre à la carte(1966)Françoise Sagan
 心変わりした愛人を殺すか否か悩むアンナの心理を描いた作品です。究極の選択をする女心は、正にミステリーそのものではないでしょうか。
 サガンならではの設定と、結末の読めない展開が結びついて、彼女のファンにとってもミステリー好きにとっても外せない一品に仕上がっています。
(『街中の男 ―フランス・ミステリ傑作選1』ハヤカワ文庫)
→『逃げ道フランソワーズ・サガン

「アリス・ロングのダックスフントミュリエル・スパーク
Alice Long's Dachshunds(1967)Muriel Spark
 アリス・ロングが可愛がっている五匹のダックスフントの散歩を頼まれたメイミー。けれど、散歩から帰ると、犬は四匹に減っていました。
 犬が一匹いなくなったことよりも、翌朝、五匹の犬が使用人に殺されたことよりも、無邪気なメイミーの喜びの方が遥かに恐ろしい……。
(『ポートベロー通り』教養文庫
→『邪魔をしないで』ミュリエル・スパーク
→『ミス・ブロウディの青春』ミュリエル・スパーク

「電話ゲーム」ウィリアム・トレヴァー
The Telephone Game(1998)William Trevor
 結婚式の前夜、新郎新婦の友人たちが集まり、パーティが開かれます。余興として、適当な番号に電話をし、長く通話した者が勝ちという電話ゲームが行なわれます。新郎のトニーの電話に出たのは高齢の女性で、彼女はトニーの嘘に従って真夜中に屋根裏に上がることになります。ところが、いつまで経っても戻ってきません。もしかすると、脚立から落ちて死んでしまったのでは……。
 イギリス人とドイツ人のカップルという設定にしたのはいかにもトレヴァーらしい。アイルランド人だったら、この話は成立しませんね。
(「ミステリマガジン」600号、早川書房
→『フェリシアの旅ウィリアム・トレヴァー