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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『悩める狼男たち』マイケル・シェイボン

アメリカ

Werewolves in Their Youth(1999)Michael Chabon

 ナ行の書名は、やはり少なかったです(僕の本棚では「忍法〜」「忍者〜」というタイトルが沢山ある山田風太郎が一番多そう)。お気に入りの外国文学で、絶版という条件だと、非常に限られてしまいます。『猫と悪魔』『ノヴァ急報』『ナポレオン交響曲』『』『紐育万国博覧会』『熱帯雨林の彼方へ』『眠る男』『流れる水のように』『ニックとグリマング』などがありましたが、そのなかからマイケル・シェイボンの『悩める狼男たち』を選んでみました。

 シェイボンは、ピュリッツァー賞を受賞した『カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険』(二〇〇〇)や、ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞トリプルクラウンを達成した『ユダヤ警官同盟』(二〇〇七)といった長編が有名ですが、僕としては寧ろ短篇の方が好みです。彼の守備範囲の広さと、雑多な要素をきれいにまとめる手腕は、短篇でこそ輝くような気がするからです(逆に長編は、やや冗長かも)。
 例えば、表題作の「悩める狼男たち」は、この短さでルイス・サッカーの『穴』に匹敵するくらいの傑作ではないかと個人的には思っています。アメリカの作家は、心の空白をカラッと描くのが上手いと常々感じているのですが、シェイボンもそのひとりに数えられるでしょう(尤も、それは書き手の問題というより、社会の仕組みの違いによるのかも知れませんが)。

 この短編集は、若い夫婦を主人公にしたドメスティックな物語が多く、素材も調理法も五十年前の小説、例えば、ジョン・アップダイクやジョン・チーヴァーなどと余り変わっていないように思えます。よくいえば懐かしく、悪くいうと新鮮味がない。
 それでも面白く読めてしまうのは、偏にシェイボンのテクニックによると思います。一編一編の完成度は非常に高く、欠点がみつからないくらい、よくできています。正に、正統派の短編のお手本のような作品たちで、一々上手いなあと感心してしまいます。

 短編は、別に人生の一場面を切り取ったものでなくとも構いません。とはいえ、そうした作品に傑作が多いのも、また確かです。
 息子が病死したことによって夫婦仲が冷え、離婚申請中の男性と、伯父の古いスパイクを履いた、片親の少年との短いやり取りを描いた「スパイク」などは、たった二十頁しかないのに豊かな広がりを持っています。読後の余韻が長編小説並なのは、寡黙な職人肌の男性の遣る瀬ない過去や、少年やそのセクシーな母親との未来まで想像を広げることが容易だからこそでしょう。

 ほかにも、連続レイプ犯の宿した子を産む決心をする妻と、十年以上妻を身籠らせることができなかった負い目を抱えた夫の葛藤を描く「狼男の息子」や、自分の全てが崩れてゆくようなラストが印象的な「ミセス・ボックス」など粒揃いで、文庫にならなかったのが不思議なくらい充実した短編集です(装幀も可愛い)。

 なお、この本の最後には『ワンダー・ボーイズ』に登場する架空のホラー作家オーガスト・ヴァン・ソーンの短編が掲載されています。こちらは毛色が全く違って、本格的なホラー小説です。シェイボンの長編が好きな読者にとっては、これこそが期待どおりの作品かも知れません。

 一方、作品の質とは無関係な話になりますが、今は『悩める狼男たち』のような小説を味わう時代ではないのかな、とも思います。結婚や出産という選択肢が最初から存在しないのが主流になるとしたら、離婚や夫婦間の軋轢は、最早テーマになり得ない気がするからです。
 いや、だからこそ、せめて文学のなかだけでも、悔やんだり嘆いたりしたいものですが……。

『悩める狼男たち』菊地よしみ訳、早川書房、二〇〇二