読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『センチメンタル・ジャーニー』ロレンス・スターン

A Sentimental Journey Through France and Italy(1768)Laurence Sterne

 僕が持っているのは岩波文庫版(昭和二七年刊)ですが、旧漢字を使用しているので若い人には読みづらいかも知れません。後に復刻されたみたいですし、ほかにも数種類、翻訳が出ているようなので、探すのなら、そちらの方がよいと思います。

 さて、この作品は、当時、流行していた旅行記の一種ですが、小説といえなくもない。
 事実と違うことが記載されているせいもありますけど、そもそもロレンス・スターンは、「ヨリック」という『ハムレット』の登場人物(『トリストラム・シャンディ』にも登場する)の名を好んで自称しており、ここでも語り手の「私」と著者名がヨリックとなっている。それで、随筆なのか虚構なのか、よく分からなくなっているんですね(そもそも、この時代、フィクションの定義は曖昧だった)。
 が、そんなことはどうでもいい、というか、その型にはまらない自由さが、この作品の魅力ともいえます。
 ちなみに、タイトルの「センチメンタル」という語は、巻末の解説にもあるように「感傷的」と訳すより「風雅」とした方がよさそうです。
 要するに、『トリストラム・シャンディ』によって作家としての名声を得たスターンが、七年戦争の最中のフランスを、目的もなく気ままに旅する。男性たちからは尊敬され、女にはモテまくる。おまけにトラブルは、大した苦労もなく簡単に解決する、っていう恐ろしく調子のいい話。

 ですが、それは全く嫌味ではなく、ご都合主義と思いつつ、いつの間にか作者の語りに引き込まれてゆくのです。
 この辺は、正に名人芸って感じ。スターン以後、似た作風の作家は現れていないといわれていますが、それも頷けます。

 ただ、ひとつ残念なのは、この作品も『トリストラム・シャンディ』と同じく未完に終わっていること(当初は全四巻の予定だったが、実際に書かれたのは前半のフランス編のみ。スターンは同年、死去)。
 ひょんなことから若い婦人、その女中と同じ部屋に眠ることになったヨリックが真夜中にトラブルを起こすという興味深いシーンの続きは、永遠の謎になりました。

『センチメンタル・ジャーニー』松村達雄訳、岩波文庫、一九五二