読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『スイスのロビンソン』ヨハン・ダビット・ウィース

Der Schweizerische Robinson(1812)Johann David Wyss 主人公が孤島に漂流し、サバイバルする文学を表す「ロビンソナード(Robinsonade)」という用語は、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)が書かれた十二年後にヨハン・ゴットフリ…

『リリアンと悪党ども』トニー・ケンリック

Stealing Lillian(1972)Tony Kenrick 海外のユーモア小説ファンとしては、主に一九七〇〜一九八〇年代に、角川文庫から大量に刊行されたトニー・ケンリックを無視するわけにはゆきません(※)。 ケンリックは一九九一年以降、小説を発表しておらず、英語版…

『したい気分』エルフリーデ・イェリネク

Lust(1989)Elfriede Jelinek エルフリーデ・イェリネクは、二〇〇四年にノーベル文学賞を受賞しています。しかし、我が国ではほとんど話題になりませんでした。それどころか、「ポルノグラフィだ」と公然と批難する人までいて、何となく読まずにやり過ごし…

『異郷の闇』『殺るときは殺る』ヤーコプ・アルユーニ

Happy Birthday, Türke!(1985)/Ein Mann, ein Mord(1991)Jakob Arjouni ヤーコプ・アルユーニは、ドイツのミステリー作家で、トルコ人探偵カヤンカヤを主人公としたシリーズで知られています。 トルコ人を主役にしたせいか、アルユーニは長い間、「トル…

『アメリカほら話』『ほら話しゃれ話USA』

ユーモア小説の好きな僕は、当然ながら、ほら話(Tall Tale)にも目がありません。 ほら話は世界各国に存在しますが、やはりアメリカの伝統的な民話を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。 それらが日本語で読める本として、『ニグロ民話集』『ちょっ…

『緑色の耳』リューベン・ディロフ/スヴェトスラフ・ストラチェフ

Любен Дилов / Светослав Славчев『そうはいっても飛ぶのはやさしい』は、国籍も時代も異なるふたりの作家を一冊にまとめた不思議な書籍でしたが、『緑色の耳』(写真)は、「ブルガリア」「SF作家」という共通点のあるふたりの短編を集めた書籍です。 ス…

『蜜の証拠』サルワ・アル・ネイミ

Burhān al-ʿasal(2007)سلوى النعيمي『蜜の証拠』(写真)は、シリア出身のサルワ・アル・ネイミ(生年不詳)がレバノンの出版社から刊行した性愛小説です。 発行されるや否や話題になったそうですが、当然ながらアラビア語圏のほとんどの国では禁書にされ…

『アンダーウッドの怪』デイヴィッド・H・ケラー

Tales from Underwood(1952)David H. Keller『アンダーウッドの怪』(写真)は、デイヴィッド・H・ケラーの日本で唯一の商業出版の単著です(SF資料研究会から『頭脳の図書館』という短編集は出ている)。 ケラーの本業は精神科医で、文学は趣味として…

『アドリア海の復讐』ジュール・ヴェルヌ

Mathias Sandorf(1885)Jules Verne ジュール・ヴェルヌは、エドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』を下敷きにした『氷のスフィンクス』を書いていますが、それ以前にもっと有名な作品を素材にしています。 それ…

『女と人形』ピエール・ルイス

La femme et le Pantin(1898)Pierre Louÿs この本は、いかにも角川文庫らしく映画の公開に合わせ二回タイトルを変えています。 元々は原題どおり『女と人形』という邦題でしたが、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画の邦題が『私の体に悪魔がいる』(19…

『待ち暮らし』ハ・ジン

Waiting(1999)Ha Jin 以前も述べたように、中国と日本は相互主義によって、固有名詞はそれぞれの国語に従って発音します。 中国出身のハ・ジンは、中国語では「金哈」と書き「チン・ハー」と読むので、日本語にすると「きん・ごう」とでもなるのでしょうか…

『ハドック夫妻のパリ見物』ドナルド・オグデン・ステュワート

Mr. and Mrs. Haddock in Paris, France(1926)Donald Ogden Stewart ドナルド・オグデン・スチュワートは戦前、映画の脚本家や俳優として活躍しましたが、戦後の赤狩りでハリウッドを追われます。 尤も、映画界に入る前はユーモア小説を書いていて、邦訳も…

『黄犬亭のお客たち』ピエール・マッコルラン

Les Clients du Bon Chien jaune(1926)Pierre Mac Orlan ピエール・マッコルランを初めて読んだのは、『笑いの錬金術』というフランスのユーモア文学アンソロジーに収録されていた短編でした。そのなかの「仕返し」は、ぶっ飛んでいる癖に、妙に綺麗なオチ…

『ジョニー・パニックと夢の聖書』シルヴィア・プラス

Johnny Panic and the Bible of Dreams(1977)Sylvia Plath「鉄は熱いうちに打て」ということで、前回の『ベル・ジャー』に引き続き、シルヴィア・プラスを取り上げます。 僕は詩が全く分からないので、短編集を選びました。 新しく発見された「メアリ・ヴ…

『ベル・ジャー』シルヴィア・プラス

The Bell Jar(1963)Victoria Lucas(a.k.a. Sylvia Plath)『ベル・ジャー』は、シルヴィア・プラスが自殺する直前に出版された自伝的小説(Roman à clef)です。元々はヴィクトリア・ルーカスという変名で出版されました。 そして、これはプラスの生前に…

『逃げる幻』ヘレン・マクロイ

The One That Got Away(1945)Helen McCloy 予め断っておきますが、僕はミステリー小説に疎く、有名な作品すら余り読んでいません。 読まないから感動する作品に出合わないのか、出合わないから読まないのか分かりませんが、評判がよさそうだからと読んでみ…

『未来惑星ザルドス』ジョン・ブアマン

Zardoz(1974)John Boorman, Bill Stair『未来惑星ザルドス』は、『007/ダイヤモンドは永遠に』でジェイムズ・ボンド役を降板したショーン・コネリーが出演した低予算のSF映画です。 元々はバート・レイノルズが主演する予定だったのが、病気のため、…

『流砂』ヴィクトリア・ホルト

The Shivering Sands(1969)Victoria Holt(a.k.a. Eleanor Alice Burford) 以前、古い角川文庫を探してブックオフ巡りをしていると書きましたが、最近はそれも余り楽しくなくなってしまいました。 そもそもブックオフは新古書店のため、「比較的最近に刊…

『サイモン・アークの事件簿』エドワード・D・ホック

Edward D. Hoch エドワード・D・ホックは典型的な短編小説家で、長編小説はわずか五冊しか著していません。 その代わり、シリーズものがやたらと多く、日本でもシリーズごとにまとめた書籍が多く出版されています。 なかでもファンにとってありがたかったの…

『お喋りな宝石』ドニ・ディドロ

Les Bijoux indiscrets(1748)Denis Diderot 十八世紀フランスの哲学者でもあり、作家でもあるドニ・ディドロの処女長編『お喋りな宝石』(写真)は、過去に何度も邦訳されています。 しかし、作者の死後に新たな章(16、18、19章)が追加された「1798年版…

『ナイトメアキャッスル』ピーター・ダービル=エヴァンス

Beneath Nightmare Castle(1987)Peter Darvill-Evans ゲームブックは、一九八〇年代に大流行しました。 日本では、社会思想社より「ファイティングファンタジー」が「アドベンチャーゲームブック」として、創元推理文庫より「ソーサリー」が「スーパーアド…

『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』サミュエル・フラー

Mort d'un pigeon Beethovenstrasse(1974)Samuel Fuller 前回、触れたチャールズ・ウィルフォードの『拾った女(Pick-Up)』(1954)は映像化が不可能な小説ですが、サミュエル・フラー監督には同名の邦題を持つ映画があります〔原題は『Pickup on South S…

『炎に消えた名画』チャールズ・ウィルフォード

The Burnt Orange Heresy(1971)Charles Willeford チャールズ・ウィルフォードは「ホーク・モーズリー」シリーズのヒットにより、一九八〇年代に再評価の進んだペーパーバックライターです。 しかし、寧ろそれ以前のノンシリーズにこそ傑作が隠れていたこ…

『悪魔に食われろ青尾蠅』ジョン・フランクリン・バーディン

Devil Take the Blue-Tail Fly(1948)John Franklin Bardin ニューロティックスリラーとサイコスリラーを分類する際は、その作品が作られた年代を基準にするとよいかも知れません。一九四〇年代に流行したのがニューロティックスリラーで、一九六〇年代以降…

『マゾヒストたち』ローラン・トポール

Les Masochistes(1960)Roland Topor ローラン・トポールといえば、一般的にはイラストレーターとして知られていると思いますが、我が国における単独の書籍はほとんどが小説で、唯一の画集が『マゾヒストたち』(写真)です。 これはトポールの処女作品集で…

『ある愛』ディーノ・ブッツァーティ

Un amore(1963)Dino Buzzati ディーノ・ブッツァーティは一九七二年に亡くなったイタリアの作家ですが、我が国ではいまだに新訳の短編集が刊行されています。 フランスでも人気がある一方、英語圏ではほとんど知られていないそうです。 ブッツァーティとい…

『劣等優良児』P・G・ウッドハウス

The Coming of Bill(1919)P. G. Wodehouse 二〇一八年、美智子さまが、皇后での最後の誕生日において「ジーヴスも二、三冊待機しています」とおっしゃられました。 それをきっかけに、突如としてP・G・ウッドハウスブームが巻き起こりました。美智子さま…

『スーパールーキー』ポール・R・ロスワイラー

Super Star!(1983)Paul R. Rothweiler 今年もプロ野球の季節がやってきました。 春先の楽しみは何といってもルーキーの動向です。鳴り物入りで入団したにもかかわらず期待に応えられない選手がいる反面、ドラフト下位で入団した選手が思わぬ活躍をすること…

『恐怖の愉しみ』

平井呈一といえば、ある年齢以上の恐怖小説好きにとっては無視することのできない存在です。子どもが読むものと思われていた西洋の怪談を、大人の鑑賞に堪える作品として翻訳、紹介してくれた功績はとても大きい。 彼が編訳した東京創元社の『世界恐怖小説全…

『ルネサンスへ飛んだ男』マンリー・ウェイド・ウェルマン

Twice in Time(1957)Manly Wade Wellman 人づき合いが苦手な僕にとって、孤独を癒やしてくれる芸術を生み出す作家、音楽家、映画監督、漫画家などは生きてゆく上でなくてはならない存在です。 なかでも、最も感謝しているのは翻訳家かも知れません。何しろ…